□応召義務規定
■医師は患者を拒めない
前回は治療費が未払いにならないような取り組みを報告しましたが、支払いが滞ってしまった場合は、どう対応すればいいのでしょう。医療機関には、強い姿勢で臨んだり、患者ではなく国保などの保険者に肩代わりさせようとする動きも出ています。厚労省も問題を認識し、近く検討会を発足させ、解決策を話し合います。(柳原一哉)
東京都西部に住む30代の女性は、婦人科系の病気で都立病院にかかった。しかし、経済的な余裕がなく、約10万円の治療費などを負担できなかった。
病院側が再三督促したが、女性は応じず、回収困難な事案として、都病院経営本部に引き継がれた。昨夏のことだ。
本部職員が電話で女性と話し合ったが、やはり「お金がない」という。本当に払えない経済状況なのか? 職員が女性に面会すると、女性は生活保護世帯になっていた。
病院の未収金をめぐっては、病院側に強制的な徴収権限があるわけでもなく、地道な交渉しか手がない。女性は職員に「都立病院での治療では本当にお世話になり、感謝している。しかし、お金が工面できず、払えない」と、繰り返し訴えたという。
本来、生活保護世帯なら、自己負担なしに治療を受けられる。しかし、女性が治療を受けたのは、生活保護と認定される前だった。
「事情は分かりましたが、医療サービスを受けた費用は支払ってほしい」。職員は女性の父親も交えて話し合い、分割払いにする約束を、約1カ月後に交わした。
「この女性は治療に感謝し、都の問いかけを真摯(しんし)に受け止めていたから、時間をかけて支払う善意があると判断できた」と職員。
しかし、分割払いが滞れば、「一筋縄ではいかない。信用しないわけではないが、どこまで強い姿勢で臨めばいいのか正直、悩む」と語った。
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全11の都立病院の未収金は計13億円。未収金の回収は、個々の病院に責任があるが、回収困難なケースは都庁の経営本部に引き継がれる。昨年は、計77件(計約700万円)で、本部職員が代わりに回収にあたった。
都庁からの督促状が心理的プレッシャーとなるのか、督促状のその日に払われることもあり、77件のうち、すでに21件が完納。2件は分割払い、2件は患者が自己破産などで支払いできないことが判明−などと、処理が進められている。
残るのは、「治療ミスがあったので払う必要はない」と居直ったり、督促に無反応などの事案だ。これらは主税局の専門家が法的措置を前提に対応する。
回収は、自治体病院に共通の悩みで、例えば、三重県では4県立病院で計約2億円が未収金。県は今年度から回収業務を弁護士に委託、悪質なケースには強い姿勢で臨むことにしている。
だが、「回収に力を入れ過ぎると、そのコストの方が高くつく」(医療経営コンサルタント)との指摘もあり、どこまで徹底すべきか、悩ましい問題のようだ。
このため、未然防止策として、急な受診で現金の持ち合わせがないなどのケースに対応し、クレジットカードで払える病院が増加。東京の都立病院では平成17年度から利用可能だ。ただ、所得の低い層ではカード所持者も少なく、「効果は未知数」ともいわれる。
入院前に担保として保証金を納める制度は効果的とされる。だが、患者の病院へのアクセスを拒みかねない面があり、セーフティーネット(安全網)の役割を受け持つ自治体病院では消極的にならざるをえないという。
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医師法では、医師は患者からの受診の求めを拒んではならない「応召義務」規定がある。患者が治療費を負担できるかどうかは受診時に問われないので、そこに「未収金」が起きる構造的な原因がある。
診療報酬のマイナス改定が続く中、未収金が与える経営へのダメージは小さくない。このため「確信犯的に払わない者もいるのに、応召義務規定に従うべきなのか」と、規定の見直しを求める声も強まっている。
全国の病院の6割以上が加盟する四病院団体協議会(四病協)で未収金問題を担当する山崎学・日本精神科病院協会副会長は「患者が窓口で払えないなら、代わりに(国保などの)保険者に負担を求めなければならない」とし、訴訟を準備している。
厚労省は6月、未収金問題に関する検討会を設置。四病協や法学者、保険者をまじえ、解決策を協議する方針だ。
(2007/05/30)