■従来の診断に限界
職場健診で異常なしと判定されながら、肺がんで亡くなった事例を先月、連載「どうする肺がん検診」で紹介したところ、同様の投書が相次ぎました。第一線のがん検診医らは「これまでの健診では、もう肺がんは見つからない」といいます。今後、どんな検診を受けるべきか、職場健診はどう変わっていくのか、考えます。(北村理)
「がんに見落としがあるなんて…。とても悔しいし、残念でたまりません」=夫を亡くした東京都板橋区の大石貴子さん(65)=仮名。「なぜ、もっと早く肺がんが発見されなかったのか、とても悔しかったのを覚えています」=義母を亡くした東京都町田市の女性(30)。
前回の連載掲載直後に相次いで届いた投書は2通。いずれも、便箋(びんせん)に5枚、あるいは原稿用紙に3枚、びっしり思いがつづられ、悔しさとやりきれなさがにじむ。
どちらの家族とも、亡くなった家族は数十年来、職場で健診を受け続け、「異常なし」と判断されていた。大石さんの夫、英一さん(享年65)=仮名=は喫煙歴はあったが、町田市の女性は喫煙歴はなかったという。
しかし、2人とも定年直後に急に体調を崩して、偶然「肺がん」が見つかり、さらに全身転移が分かった。
町田市の女性は「義母は肺に無数のがんが散らばっていることが分かり、何もせずに肺を閉じました。脳に転移してからは、話すこともままならなくなりました」。
英一さんは、肺がんから全身の骨に転移。さらに、皮膚にもがんが現れ、大学の付属病院で「手術はできません」と告げられた。
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英一さんは公務員で、青年のころから、1日1箱の喫煙習慣があった。しかし、定年退職の直前に職場で受けた4日間の人間ドックでは、レントゲン撮影と痰(たん)の検査で「異常なし」。
その後、5年間勤めた別の職場の健診でも、「異常なし」の判定を受けていた。
「肺がんです」と大学病院で告知されたのは、亡くなる5カ月前の平成18年3月だった。
2カ月前からの咳(せき)が止まらず、すでに腰や背中に皮膚がんが出ていたが、診療所ではレントゲン撮影や血液検査をしながら、「風邪と脂肪腫」とされ、がんとは診断されなかった。
結果的に、肺がんの告知と同時に、末期であることが分かる不幸な事態になってしまった。
貴子さんは「数十年来、健診や診療を受けてきたのに、命にかかわるがんが見落とされるなんて、どうしても理解できない。一体何のための健診なのでしょうか」。
これからふたりで余生を楽しもうとしていた矢先のできごとだけに、毎日夫の遺影に語りかけるたびに、悔し涙にくれるという。
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「従来の健診は、肺がん対策として限界があることは、はっきりしています」と言うのは、東京都予防医学協会の三輪●一総合健診部長。
従来の健診とは、英一さんや町田市の女性が職場で受けていた胸部X線撮影による診断。
同協会は昭和50年、国立がんセンターなどと、「東京から肺がんをなくす会」を発足。主に喫煙者を対象に、全国トップクラスの医師たちと、のべ約5万件の診断を通じ、肺がんの診断に磨きをかけてきた。それだけに、三輪部長の言葉は重い。
同協会も胸部X線撮影を使用し、診断してきたが、「肺がんの発見に限界を感じ」(同協会)、平成5年、全国に先駆け、ヘリカルCT(コンピューター画像診断)を導入。その有効性の証明に大きな役割を果たした。
ただ、厚生労働省は「CTと死亡率減少の関係性がX線診断に比べ、いまだ明確ではない」とする。このため、被検診者が自ら選択して受ける任意検診以外は、CTによる検診を、積極的に勧めてはいないとの判断を示すにとどまっている。
がん死のトップとなった肺がん。今後数年で、喫煙が急速に広がった団塊の世代が高齢化する。それに伴い、死亡者が数倍に増えるとみられているだけに、対策が急がれる。
先月、「どうする肺がん検診」の連載で紹介した例も、英一さんも、がんは肺の中心部近くに発生しており、心臓など、他臓器の影と重なる。X線診断では「診断する医師に能力がなければ、見つけられない」と、専門医らは口にする。
三輪部長は「これからはCTの時代。40歳を超えたら、定期的に診断を受けることをお勧めしたい」と強調している。
●=示へんに右
(2007/06/12)