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がんと向き合う−阻害するドクターハラスメント(上)

 □配慮欠く言葉

 ■気力失い病状悪化も

 がんは転移や進行もあり、一度かかると、ほぼ一生つきあうものです。また、根治が不可能になることもあり、心理的ケアも必要と指摘されています。今回は、がん患者の精神状態への配慮を欠いた「ドクターハラスメント」が病状にまで影響を及ぼした例から、がんとどう向き合うべきかを考えます。(北村理)

 「ただただ悔しくて、心臓がドキドキしていた…」

 横浜市在住の女性(60)は日記にこうつづることで、かろうじて心の平衡を保った。

 平成15年4月半ば、女性の夫はがんの専門病院で、肺がんの転移による脳腫瘍(しゅよう)の切除手術を終え、放射線治療に移ろうとしていた。

 「さあ、これからがんと戦おう」。そういう気持ちになっていた夫妻を前に、放射線科の医師は夫の全身に手を当てながら、まくし立てた。

 「あなたのがんは治りませんよ。あなたは気が小さいですか。本当のことを聞きたいですか。ここにも、ここにもがんができているかもしれません。たばこを吸っていたあなたにも責任があるのですよ」

 開頭手術後1週間で熱が下がらない夫は何も言わず、ただ黙っていたという。女性は「あんなに落胆した表情は見ていられなかった。ただただ、黙り込んで耐えていた」と振り返る。

 抗がん剤の治療を終えたものの、亡くなる約1カ月前には、主治医に「何も良くなる材料がない。治療法は何もない」と告げられた。

 自宅に帰ったものの、数日後には起き上がれなくなり、救急車で再び病院へ。しかし、主治医は夫に、「勝手なことをされたら困る。すぐにご自宅へ戻ってください」。夫は「あんなに先生を怖いと思ったことはなかった」と言葉を残した。

 こうしたできごとを境に、夫の容体は坂道を転げ落ちるように悪化、帰らぬ人となった。

                   ◇

 「余命はどれくらいといわれました?」

 あまりにあっけらかんとした整形外科医の問いかけに、東京都内に住む女性(65)は耳を疑った。女性の夫は肺がんが全身の骨に転移し、大学病院で治療を開始しようとしたばかりだった。

 診察室はついたてを隔てただけで、向こうには数十人の患者が順番を待っている。声が筒抜けな中での無神経な物言いに、「分かりません」と答えるのが精いっぱいだった。

 呼吸器科の主治医からは「肺がんです。手術はできません」と聞かされていた。「余命は半年です」とも。その時を振り返り、女性は「夫はもうその時点で頑張ろうという様子ではありませんでした」という。

 そんな中で、主治医ら治療グループが交代。新たに担当になった医師らは誰も、病気の全体像を把握しておらず、業を煮やした夫は自分で病状をメモにまとめ、医師に回覧して理解を求めた。女性は「病院が助けにならないと知ったときのショックは大きかった」と訴える。

 しかも、治る見込みのない患者は長く置いておけないと示唆され、早急に緩和ケアへの移行を指示されたという。

 夫は結局、告知された半年も待たずに亡くなった。

                   ◇

 その病院で治療法がなかったとしても、伝え方には配慮が求められるし、患者がそれを受け入れ、どうするかを決めるには一定の時間も必要だ。しかし、いずれのケースとも、医師の心ない言葉が患者や家族の心を混乱させた。その結果、患者はほかの医療機関を探してがんと最後まで闘うにせよ、緩和ケアを受けるにせよ、がんと向き合い、人生を選択する気力さえ失ったといえる。

 こうした医師の行動は「ドクターハラスメント」(ドクハラ)と呼ばれる。

 事態を重く見る日本医師会(東京都文京区)は昨年末から、テレビCMで「医師の心ない一言」の撲滅キャンペーンを始めた。同医師会の中川俊男常任理事は「ドクハラという言葉を医師会として認知しているわけではないが、全国から100件以上の反響があって驚いている」という。

 中川常任理事はドクハラの背景に、「一義的には、個々の医師の資質の問題がある」としたうえで、助長する要因として、医師不足などによる医療現場の厳しさ、患者とのコミュニケーションの取り方や、患者の精神的ケアへの配慮が医学教育で行われていないことを挙げる。

 さらに、「患者への告知やインフォームドコンセントが一般的になったものの、現場でどう行っているかは議論されてこなかった」と指摘する。

 治療は高度化、多様化し、患者の要求も高くなっている。しかし、医療現場は、ソフト面でそれに応じ切れていない。明日は、できることから始めた医療側の取り組みをお伝えする。

(2007/07/16)

 

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