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あきらめないがん治療−未承認薬の現状(上)

大腸がんの分子標的薬「パニツマブ」。未承認なので、健康保険が使えず、1びん15万円するという


 □高額医療費、それでも

 ■かけがえのない時間のために

 「標準治療では万策尽きました」−。主治医にそう宣言されたとき、がん患者や家族は厳しい選択を迫られます。延命の可能性を求め、国内でまだ認められていない「未承認薬」を試みたい−という場合、健康保険が使えず、月数十万円の費用がかかります。それでも、患者を支えながら負担を続け、かけがえのない「時間」を分かち合った家族もいます。(中川真)

 東京近郊で長女、長男と暮らす会社員、田中英夫さん(56)=仮名=は6月、妻の節子さん(55)=同、当時=を大腸がんで亡くした。

 平成12年初冬、節子さんは内視鏡検査で初期の「S字結腸がん」と診断された。年明けの手術は成功し、「5年生存率」は70%。再発予防の抗がん剤治療を続けた。

 「経過は順調だったのですが…」

 しかし、約1年半後に状況は急変した。腫瘍(しゅよう)マーカーの数値が上がり始め、肺や腎臓などへの転移が分かったのだ。

 「その後は、抗がん剤治療と新たな転移、手術の繰り返しでした」(田中さん)。節子さんのがんは大脳にも転移した。

 16年初頭、主治医は「もう抗がん剤は効きません。うちとしてはどうしようもない。余命3、4カ月でしょう」と宣告。「ホスピスを考えては」と提案したが、田中さんは断った。

 「『1カ月でも長く生きてほしい』というのが家族の気持ち。ホスピスなんて考えられませんでした。残された道を信じ、必死に探しました」

 当時、大腸がん患者らの間で、未承認薬「オキサリプラチン」(17年3月に承認)が、「かつてない効果がある」と評判だった。しかし、主治医は「未承認薬なので使えません。それに、どの程度効くかは分かりませんよ」と否定的だった。

                   ◇

 田中さんは、途方に暮れながらも、本人に余命は伝えず、インターネットで標準治療以外の方法を探した。免疫療法も調べたが、結局、外国で効果が実証されていることから、未承認の抗がん剤に賭けることを決心。在宅医療や未承認薬の使用に積極的に取り組む医師がいると知り、「千葉ポートメディカルクリニック」(千葉市美浜区)の今村貴樹院長にメールで相談した。

 「しっかり勉強し、治療を続ける覚悟があるなら治療を引き受けます。不安を抱きながらだったり、『とりあえず』という気持ちではダメです」

 今村院長からそう返信を受けた田中夫妻は、じっくり話し合い、16年2月から未承認薬による治療を始めた。

 「『完治』というイメージはなかったが、できる限りがんと共存し、生き続けよう」

 節子さんが使用したのは、当時未承認だったオキサリプラチンのほか3種類。月20万〜30万円だった薬剤費は、治療の後半には50万〜60万円に達したという。

 薬はよく効き、「薄氷を踏む思い」(田中さん)ながら、投薬から丸3年を数え、今年も家族4人で新年を迎えることができた。

 薬剤費は計1000万円に達した。貯金は底をつき、「身内に借金もしました。さらに続くなら、家を売ることも覚悟しました。なんで、新薬の承認に時間がかかるのかと痛切に感じましたね」(田中さん)。

 節子さんは社会人になった長男を見届け、今年6月に亡くなった。最期は田中さんや長女が会社を休んで看取(みと)った。約3年半、田中さんは「一緒に過ごす時間を何より大切にした」という。

 「未承認薬を使ってよかった。家族のきずなと大切さを痛感することができました」

                   ◇

 今村院長は「健康な人には、『少しでも生きたい』というがん患者の気持ちは分からない」と強調する。抗がん剤は進行を抑える性格が強い。激しい副作用と多額の費用の代償として期待されるのは、多くの場合、「健康の回復」ではなく、「時間の延長」だ。

 それでも、「かなりの期間、寝たきりでない状態で暮らせるので、家族と過ごしたり、やりたいことができる」と、今村院長は抗がん剤による延命の意義を強調する。費用がかかる点はどうしようもないが、全国から訪れる患者に、クリニックの利益を極力抑え、ベッド代のかからない在宅療養を勧めるという。

 今村院長は「効き方には個人差があり、未承認薬もバラ色ではない。患者には情報を的確に判断する力を持ってほしいし、医師は使用実績などをもっとオープンにしていくべきだ」と話す。

 次回は、未承認薬をめぐる環境を、今後どうしていくべきかを考えます。

(2007/08/29)

 

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