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難治がんと生きる(下) 生存率高める緩和ケア

 緩和ケアといえば、「がんの看取(みと)り」という受け止め方が、医療者にも患者にもあり、敬遠されがちでした。しかし、「がん対策基本法」が成立し、がんの初期段階から痛みをコントロールするよう、「緩和ケア」の位置づけが見直されました。痛みを抑え、闘病生活の質を上げようという試みが始まっています。(北村理)

 「息も絶え絶えだったのに、医師に開口一番、『家族に遺書を書きなさい』といわれ、唖然(あぜん)としました」

 栃木県に住む高山彩子さん(54)=仮名=は4年前、緩和ケア病棟に入院した初日を、こう振り返る。

 高山さんには8年前、3センチの乳がんがみつかり、地元の総合病院で手術を勧められた。しかし、「切ってしまったら、精神的に自分を見失ってしまいそうで拒否した」という。

 がん治療をしないまま2年半がたち、肺と気管支に転移。せきが止まらず、大学病院に運び込まれたが、「余命2カ月。抗がん剤治療も不可能」と宣告され、別の病院の緩和ケア病棟を紹介された。

 その病棟で最初に言われたのが、冒頭の遺書の話だった。モルヒネでせきとたんは止まった。しかし、「副作用で幻覚や錯乱を起こし、記憶を失った。病院関係者から『あれだけモルヒネを使って退院したのは初めて』といわれた」。

 その後、抗がん剤の低用量治療を継続。腫瘍(しゅよう)マーカーの値は下がり続け、闘病生活は今や、9年目を迎えた。

                   ◇

 「苦痛を適切に緩和するだけで、生存率は高まる。その効果は抗がん剤に劣らない。がん治療の初期から緩和ケアを並行すると、体調維持だけでなく、精神面に与える影響も大きい」。東大病院緩和ケア診療部の岩瀬哲副部長はそう指摘する。

 岩瀬医師によると、米国では、痛みをきちんと取れば、その分、生存率が高まる研究結果が報告されている。

 ところが、日本では、「緩和ケアは終末期の看取り」という見方が根強く、積極的に行われてこなかった。モルヒネの使用量は米国の7分の1ほどで、先進国では最低レベルだ。

 国は今年4月施行の「がん対策基本法」で、「疼痛治療は早期から取り組まれるべきだ」とうたい、がん治療の従事者に5年以内に緩和ケアの研修を受けさせると表明している。

 しかし、現実には専門家は少ない。「厚生労働省の決める規準より、学会に医師が少ないという理由で、認定医制度を作れないほど。緩和ケア病棟を持つ病院でも、思い思いの治療をしているケースが多い」(岩瀬医師)

 冒頭の高山さんは、モルヒネで病状は改善したが、幻覚などの副作用に悩んだ。今回の連載で紹介した事例でも、モルヒネで食欲をなくし、体力を落としたケースが目立つ。岩瀬医師は「処方が間違っている可能性がある」という。

                   ◇

 全国に約300あるがん診療の拠点病院に対して、厚生労働省は昨年、緩和ケアを行うチームを置くよう指針で求めた。緩和ケアを、いわば、がん治療のスタンダードとする方針が出たことで、各地の病院で緩和ケアへの取り組みが活発化している。

 東大病院では、新設する「化学療法センター」に緩和ケア病床を併設する議論が進んでいるという。

 また、癌研有明病院(東京都江東区)の緩和ケア病棟ではこの2年間に、病院で亡くなる患者の5分の3(今年予測)近くに緩和ケアを実施。同病棟では、約4割が痛みのケアを受けて退院したという。向山雄人部長は「緩和ケアの必要な患者を、院内の各科からどう吸い上げるかが課題だ。こちらから積極的に情報収集すると同時に、各科に緩和ケアが重要だという啓発をしなくてはいけない」。

 同病院では、緩和ケア外来も行う。「今後、どの病院でも、外来で抗がん剤治療を受ける患者さんが増える。緩和ケアを外来でも行うことで、痛みのある患者さんを早期に把握し、治療につなげられる」

 高齢化が進む中で、がんの罹患(りかん)率が高まると、さまざまな病気がからみあい、医師の対応も複雑になってくる。自らもがん患者となった同病院の武藤徹一郎院長は「がん患者のなかで、治るのは一部だ。50%以上のがん患者は、がんとともに生きる道を探らねばならない」とする。

 「各地域のがん拠点病院で、検診から緩和ケアまで、患者がうまく循環するシステムを作り、患者に優しい治療を心がけ、難治性のがん患者が前向きによりよい人生を送れるように支援すべきだ」と主張している。

(2007/09/19)

 

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