産経新聞社

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産科医不足に挑む(上)立ち上がった助産師 

常勤産科医がいなくなった病院にできた助産所。新たな命が生まれ育っている=京都府舞鶴市の国立病院機構・舞鶴医療センター


 地方を中心に、産科医の不足が深刻な問題になっています。8月には奈良県内で救急搬送された妊婦が9病院で受け入れを断られ、救急車内で死産しました。産科医不足の中、それでも“誕生の現場”を確保しようとする取り組みを、3回連続で取り上げます。今回は常勤産科医のいなくなった病院で分娩(ぶんべん)を扱う助産師たちの話です。(佐久間修志)

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 「こんなに大きくなったんやね」「もう体重は2倍ですよ」。ベビーベッドにクッション、カラーボックスが置かれたカーペット敷きのスペースで、助産師の西一代さん(37)は、二男の健診に訪れた塩谷美加さん(32)と笑いあった。

 6月にスタートした京都府舞鶴市にある国立病院機構・舞鶴医療センター内の「院内助産所」。塩谷さんは7月、同助産所で分娩した妊婦第1号だ。「陣痛の間、ずっと足をさすってくれたり、痛みのない間はおしゃべりしたりしてリラックスしながら産めました」

 助産所では、正常分娩が予測される妊婦を前提に、助産師の介助で出産を扱う。外来での妊婦健診のほか、妊婦の自宅で健診などを行う訪問ケアは好評。産後は母乳相談なども行う。

 マタニティーヨガやアロマテラピーも取り入れ、「妊婦さんのためにできること」(西さん)を追求した。開設のきっかけは、皮肉にも、医療センターから産科の常勤医がいなくなる「非常事態」だった。

 かつて、医療センターには3人の産科医が常勤していた。だが、平成17年に2人の産科医が相次いで退職。残る1人も昨年3月、医療センターを去った。後には約10人の助産師が残された。

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 地方の病院から産科医がいなくなり、産科や産院などが閉鎖される背景には、いくつかの要因がからむ。

 厚生労働省が平成16年に行った調査によると、医療施設に従事する医師数は、平成6年から16年に約3万6000人増加した。しかし、産科、産婦人科をメーンにする医師数は同じ10年間に1万1391人から、1万594人に減少した。

 日本産科婦人科学会は「産科はとりわけ、突発的な出来事が多く、昼夜となく働かされる。しかも、出産は『無事で当たり前』という意識が強いから、死産などで訴訟となるリスクが高い。激務と高リスクに産科を断念する医師が出ている」と、背景を分析する。

 産科医の絶対数が減っても、24時間の救急態勢を保つには、一施設あたりの産科医の数を維持する必要がある。このため、厚労省は各地の拠点病院に医師を集める「集約化・重点化計画」を推進しており、結果的に分娩施設の減少も進む。

 また、平成16年に必修になった新臨床研修制度で、一般病院での研修医が増えた。研修医の流出で人手不足になった大学病院が、地方の病院に派遣していた産科医を引き上げる動きも顕著だ。

 同学会が平成16年に72大学病院の産婦人科から回答を受けたアンケート調査によると、大学が医師を派遣している1096病院のうち、15、16年の2年で派遣された産婦人科医が減少したのは173病院。うち、産科医が0になった病院も117あった。

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 産科医がいなくなった舞鶴医療センターの助産師10人は「これまでは医師の指示通りにしてきたが、医師がいなくなって、はじめて自分たちの役割を考えた」と口をそろえる。10人は昨年3月末までに、助産師外来を開設する大阪、京都の病院や福井の助産所などへ研修に行った。

 実感したのは、母親の生命力。西さんは「私たちに何ができるだろうと方法を探したけれど、ただ、生まれる力を信じて妊婦に寄り添えばいいと分かった。それなら、できるんじゃないかと思えた」と話す。

 昨年4月に助産師外来を開設。実績をみた医療センターが同年12月、助産所の開設を決めた。

 助産所の開設には、産科の嘱託医が必要だが、センターで外来を担当する産科の非常勤医が嘱託医をになう。緊急事態への対応も課題だったが、車で5分くらいの舞鶴共済病院との連携が決まった。いわば、残された受け皿を最大限に活用した形だ。

 助産師10人が医療センターに勤務していた経験も「ハイリスクの怖さを知っているから母体をシビアに見られる」(西さん)と、今となっては強みだ。今年度中に、ここで4人が産声を上げる予定という。

 厚生労働省の研究班が平成15〜17年度に行った研究報告は、現状のまま分娩施設の集約化が進むと、核になる病院での産科医の労働条件はさらに過酷になると指摘。緩和策の一つとして、助産師のマンパワー活用が提案されている。医療センターの吉田美和子師長は「助産師がとれるお産は多い。産科医不足の中、地域に存在をアピールしていきたい」と話している。

(2007/10/08)