産経新聞社

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産科医不足に挑む(中)学生確保へ試行錯誤

実践的なプログラムで医学生に産科の魅力を伝える新井隆成特任准教授(左端)


 産科医不足の要因の一つに挙がるのが、なり手不足。大学で医学生を育てる教授らには、産科の激務がクローズアップされ、良さが伝わっていないいらだちがあります。命の誕生にかかわる産科医の魅力を、もっと積極的に伝えていこうとする試みが始まっています。(佐久間修志)

 「ほら出てきたよ。オギャー、オギャー」。新生児の泣きマネに、約6畳の部屋が笑い声に包まれた。金沢大学医学部付属病院内にある「周生期医療専門医養成センター」で、産婦をモデルにしたシュミレーターを使った分娩(ぶんべん)訓練の一コマだ。

 泣きマネの主は、センターで学生を指導する新井隆成特任准教授。経験豊富な産科医である新井准教授の手には、新生児のマネキンがしっかりと取り上げられている。

 センターは昨年10月、産科・小児科を中心とした専門医の養成を目的に設立された。医学生に産科などの魅力を伝えるのがねらいだ。

 「子供が無事に生まれることが、家族にとってどれほどの喜びか、計り知れない。その営みにかかわることが産科医の最大の魅力」

 センターの名前にある「周生期」は造語。妊娠22週目から生後1週間までを指す「周産期」より広い意味で「家族」に寄り添いたいという願いから生まれた。

 プログラムは講義よりも実践重視。冒頭の模擬訓練のほかにも、石川県内外の病院・診療所と提携し、学生が分娩の直接指導も受けられる。こうしたプログラムで医学生は状況に応じた対処を学ぶ。現場で産科医としての力が養われれば、産科の魅力も伝わっていく。

 センターには現在、医学部の5、6年生9人が在籍。課外活動の扱いにもかかわらず、学生らは学部の授業や実習の合間をぬって、プログラムに参加する。5年の捶井(たるい)達也さん(23)は「普段のカリキュラムと違った魅力がある。忙しいが、やりがいのあることで忙しいならばいい」とする。

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 「産科医になりたい」という学生は今や少ない。

 臨床研修で医学生と病院の取り次ぎを行う「医師臨床研修マッチング協議会」(東京都港区)が昨年行った調査によると、「将来的に進みたい診療科」(回答数2224人)に、産婦人科を挙げた医学生(一部卒業生を含む)は131人。最も多かった内科(743人)の5分の1以下だ。

 背景は何か。産科医につきものの「過酷な労働条件と高い訴訟リスク」以外に、医学生が指摘するのは、産科が「主流ではない」という点だ。

 医学生は通常、5年生になると、各診療科を回る「臨床実習」を開始し、将来選択する進路の参考にする。だが、“メジャー”の外科や内科などと比べ、産科は実習期間が短い。しかも、「大学病院には、正常な分娩が難しい妊産婦が集まり、妊婦健診や自然分娩の経過に携わる産科の魅力を感じにくい」(新井特任准教授)のが泣きどころだ。

 厚生労働省の研究班が平成15年度に行った研究報告書は、医学生の多くが産婦人科を「興味はあるが、特殊な科としてとらえている」と分析する。

 ある医学生は「普通の実習では、出産現場を見る機会も少ない。産科は人気がないというより、最終的な選択肢に入れるのが難しい」と話す。学生には、産科への“距離感”があるわけだ。

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 こうした事情を背景に、金沢大は「まずは学生に興味をもってもらうこと」に心を砕いた。

 学生がくつろげる雰囲気づくりもその一つ。センターの壁を白からクリーム色にし、床は木目調のフローリングに。「ゼミがある文系と違って、医学生には“たまり場”が少ないから」。今は、学生が昼にお弁当を持って集まり、放課後には勉強する場になった。

 所属する医学生らがセンターの魅力として口をそろえるのは、新井特任准教授が専従でいること。医学生の一人は「忙しくて時間をつくれない医師がいつもいて、相談に乗ってくれる。そんな存在は、いつか自分が診療科を決める上で大きく影響すると思う」と話す。産婦人科希望者の増加という実績はまだ出ていないが、期待は高まる。

 センターの取り組みは「産科医の早期養成」という効果も上げているようだ。同大付属病院の土肥聡研修医は実践的なプログラムを評して、「まるで大学を卒業した研修医用のプログラム。ここの医学生たちは“飛び級”をしているようなものだ」とつぶやく。

 新井特任准教授は「産科医不足は待ったなしの問題。教育はどちらかといえば長期的対策。だが、高い志を持った人材に早い段階から臨床現場を経験してもらうことで、少しでも時間を短縮できたら…」と話している。

(2007/10/09)