産経新聞社

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産科医不足に挑む(下)健診と分娩を分業

分娩施設を持たない開業医も産科の診療ができるオープンシステム。産科医不足の歯止めとなるか=浜松市の岡田クリニック


 妊婦健診は産科開業医で受け、総合病院で分娩(ぶんべん)を扱ってもらう「産科オープンシステム」が、各地で広がっています。メリットは、きめ細かな健診と分娩時の安全確保。分娩を病院に集めることで、分娩に伴う開業医のリスクを減らし、勤務医は健診の負担が減ります。加えて、産科医が開業する際の初期投資抑制が見込まれ、産科開業医の減少を食い止める効果も期待されています。(佐久間修志)

 浜松市で「岡田クリニック」を経営する産婦人科医、岡田久さん(57)は平成13年、16年勤めた同市内の聖隷浜松病院を退職して開業。オープンシステムを活用して妊婦の診察にあたる。

 同病院に勤務していたころは多いときで4、5日に1回の当直をこなし、ひと晩で4、5人の新生児を取り上げた。翌日も通常の勤務態勢で妊婦健診や手術にあたり、数日後には再び当直が回ってくるスケジュールだった。

 だが、50歳を過ぎ、「このまま続けられない」と判断。浜松市にオープンシステムを活用できる総合病院が多かったこともあって開業を決めた。オープンシステムとは、開業医が妊婦の出産前の健診などを担当し、病院が分娩を扱う仕組みだ。

 岡田医師はクリニックで分娩を扱わない。このため、分娩の設備投資も不要で、短期で開業にこぎつけられた。現在、月に30〜40人を診察するが、「分娩のリスクが少ない安心と、当直がないのは大きい」という。

 岡田医師は「直前まで異常なしでも、分娩で急変するのがお産。そのとき、開業医1人でどのくらいできるか…。産婦人科医が独立する場合、そのリスクを承知で分娩を扱うか、別の診療科を選ぶしかなかった。オープンシステムは、開業の可能性を広げ、地域に産科医を根付かせている」と指摘する。

 産科開業医が分娩を止める背景について、聖隷浜松病院の鳥居裕一副院長は「分娩に伴う労力、リスクを、開業医が1人で背負えないことと、それを補う助産師の雇用が難しいから。オープンシステムを利用すれば、産科開業医が社会的資源として活用されていく」と話す。

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 産科医不足でも、高い水準の産科医療が確保できると、オープンシステムは広がりを見せている。厚生労働省は7都県をモデル自治体に認定。中でも、浜松市は全国で最も運用が進んだ地域という。

 聖隷浜松病院では昨年、主に地元の4開業医と連携し、オープンシステムで250件の分娩を扱った。同病院の年間分娩数の6分の1を占める。

 利点は分娩のリスク軽減。総合病院で分娩が行われるため、「始まってみないと、何が起こるか分からないお産」に、万全の医療体制で臨める。早期に異常が見つかれば、かかりつけの産科開業医に病院で分娩を扱ってもらうことも可能だ。

 浜松市に住む波多野綾さん(28)は7月上旬、長男の琳太郎ちゃんを出産した。妊娠が分かった昨年11月、開業医の健診で子宮口にポリープがあると分かった。オープンシステムで、市内の県西部医療センターで琳太郎ちゃんを帝王切開で取り上げてくれたのは、開業産科医だ。

 「帝王切開と説明されて不安がよぎった」という波多野さんだが、「信頼する先生で、すぐにお任せする気になれた。事情を知らない他の先生では不安だったと思う。大病院での分娩というのも安心だった」。

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 しかし、オープンシステムでは、予定が決まっている帝王切開以外は、かかりつけの産科医が分娩に立ち会えないケースが多い。そこに違和感を感じる妊婦も少なくない。

 市内に住む竹田香織さん(31)は2児の母。最初の子はオープンシステムで産んだが、第2子は、健診と分娩を同じ医師に頼みたいと、クリニックで産んだ。

 竹田さんは正常分娩だったため、オープンシステムでは病院の産科医が分娩を扱う。「初対面の人に処置されたのは、何となく嫌だった」と話す。オープンシステムの良さは理解している。「大病院での分娩は安心だし、開業医のケアも細やか。『何かあったらいつでも電話して』って」。それでも、違和感がまさったという。

 加えて、オープンシステムでは、総合病院と開業医の信頼構築が欠かせない。しかし、「信頼構築は道半ば」という声も聞かれる。ある産科医は「オープンシステムはいわば分業体制。信頼構築には、分娩に対する責任と報酬、両面のバランスが必要だが、まだ手探りの状態」と指摘する。

 聖隷浜松病院の鳥居副院長は「ハイリスクでも、病院に任せきりにしないで、きちんと責任を果たしてくれる開業医との連携を大事にしたい。それが結局、システムのメリットであるきめ細かな健診と分娩の安全性につながっていく」と話している。

(2007/10/10)