産経新聞社

ゆうゆうLife

なんくるないさ・沖縄と緩和ケア(上)

先祖(後方の仏壇)を守るため、在宅で緩和ケアを受ける玉城さん(左)と、看護師の小橋川さん


 □延命治療より在宅で安らぎ

 ■古来の死生観大切に

 治療の手だてがなくなったがん患者が、病院から自宅に移り、緩和ケアを受ける動きが本格化しています。国は在宅での緩和ケアを推進しますが、態勢は十分でなく、患者も緩和ケアへの移行をためらうのが現状。しかし、沖縄では古来の死生観や米国の影響などで緩和ケアがなじむ素地があるといわれます。沖縄の現状から、緩和ケアについて考えます。(北村理)

 「天国にいったら、清美さん、二重丸だね。おばあさんを10年も介護したんだから。生まれ変わったら、どうする?」

 「結婚して、子供をたくさんつくりたいな」

 末期の乳がんが骨に転移し、寝たきり状態だった玉城(たまき)清美さん(49)=沖縄県糸満市=は、看護師と冗談を交わすほどに回復した。

 今年4月から本格的に、在宅の緩和ケアを受け始めた。2週に1回、専門医が往診し、痛み止めのモルヒネなどを処方。看護師が週3回、訪問する。

 玉城さんは1人暮らし。それでも、在宅にこだわるのは、家に仏壇があるからだ。

 沖縄では、仏壇を家の中心に据え、毎月のように親族や地域の人が集まり、法事を開く。祖先崇拝の風習が、在宅ケアを望むひとつの要因になっている。入院患者も法事のころには、家に戻る人が多いという。

 玉城さんを支えるのは、緩和ケアに力を入れる南部病院(糸満市)。看護師長の小橋川初美さんは「生活の中での、そうした役割が、生きようという気力につながる」と指摘する。

 全く食欲のなかった玉城さんだが、今はパンだけとはいえ、自力で3食を取り、点滴の回数も週3回から2回に減らした。「家にいると、先祖に生きる力を与えてもらっている気がする。病院にいると、安心な面もあるけれど、孤独だから」と、玉城さんは言う。

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 「死生観が、がん治療に影響している点は、本土と大きく違う」。沖縄県内に3カ所ある緩和ケア病棟のひとつを持つ「アドベンチストメディカルセンター」の栗山登至(とし)ホスピス医長は指摘する。

 栗山医長は1年半前に来県。それまでは、神奈川県のホスピス「ピースハウス病院」で4年間、勤務した。「沖縄では、輪廻(りんね)転生という考え方が身近にある。無駄な治療は避けて、最後まで気持ちを安らかに過ごそうという患者が非常に多い」

 玉城さんは乳がんが手遅れで見つかった。手術は不可能で、何度か抗がん剤治療を受けたが、効果がない。主治医と相談して、ある時期から治療をやめた。

 こうした患者の姿勢は、沖縄の「なんくるないさ」(=なんとかなるさ)という言葉に表れる精神性ではないか、と栗山医長は言う。

 「本土では、患者さんはがんを治すことにこだわりがち。医療に不信もあるのか、治療法がない場合に緩和ケアを進めても、難色を示される。その結果、無理な治療を受け、最後を安らかに過ごせない人も多い」

 緩和ケアでは治療から移行するタイミングが難しいといわれる。しかし、栗山医長は「沖縄の人は病気の進行をありのままに受け入れようとする。独特の死生観があるからか、緩和ケアへの移行がスムーズだ」と言う。このため、患者と医師が、治療方針をめぐり対立することも、ほとんどないという。

 実際、県内45カ所の訪問看護ステーションの調査では、在宅ケアを望む高齢者の6割が在宅での看取(みと)りを実現できているという。

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 だが、沖縄だからこそ難しい点もある。沖縄県では、平均所得が全国レベルを大きく下回る。共働き家庭が多いため、家庭の介護力は低く、低所得で在宅ケアにたどりつかないケースも少なくない。

 玉城さんも、祖母を看取った後、1人暮らし。乳がん治療で職を失い、経済的な不安もあり、当初は在宅ケアを受けたがらなかったという。

 しかし、小橋川さんらは1カ月通い、玉城さんの声に耳を傾けた。「在宅ケアは、入院治療を受けるほど高くないし、痛みをケアしないと、家での生活も成り立たない。そう説得し、ようやく在宅ケアを受け入れてもらった」という。そのうえで、1人暮らしでも安心して緩和ケアが受けられるよう、訪問看護師や介護ヘルパーを組み合わせ、きめ細かく対応した。

 昨年、がん対策基本法が成立した。国は緩和ケアを行う医師と病院を増やすことを目指す。

 しかし、現場では、熱心な医療スタッフらが、患者の不安を埋めながら取り組んでいるのが現状。「緩和ケアの素地がある」といわれる沖縄でも、質の高い緩和ケアを受けられる地域は限られている。専門家らが啓発活動を進めるなど、模索を続けている。

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【用語解説】緩和ケア

 生命を脅かす疾患に直面する患者と家族へのトータルアプローチ。痛みの管理だけでなく、社会から取り残される不安や、死への恐怖などへの心理的、精神的なケアも含む。がん患者への痛みの管理では、WHO(世界保健機関)が1986年、モルヒネなど医療用麻薬による治療基準を示した。日本では専門医の不足、医療用麻薬への抵抗感などから、立ち遅れが目立っていたが、昨年成立した「がん対策基本法」では、初期がんからの導入が必要とされた。

(2007/10/30)