産経新聞社

ゆうゆうLife

なんくるないさ 沖縄と緩和ケア(中)

ホスピス患者の緩和ケアについての情報交換をする看護師ら=沖縄県西原町のアドベンチストメディカルセンター


 □患者の声を最優先

 ■痛みのケア積極的に

 独特の死生観があり、患者の緩和ケアに対する抵抗感がない沖縄県。痛みのケアも積極的に行われており、医療用モルヒネの使用量が高いのも特徴です。患者の要望をかなえるため、緩和ケアのスタッフらは「意向を事前にくみ取り、受け皿を整備することが大切」と話しています。(北村理)

 「病室で女性患者さんが泣いているんだけど…」

 3年前の6月。沖縄県の友愛会訪問看護ステーションで当時、所長をしていた小橋川初美さんは、系列の南部病院の病棟師長から相談を持ちかけられた。

 女性は、がんが胃から腸に転移し、手術はできない状態だった。聞けば、5歳から9歳の子供が3人いるという。

 小橋川さんが「家に帰りたいんでしょ。かわいい子供の顔を見たいんでしょ」と聞くと、女性はウンウンとうなずいたという。

 女性は腸や腎臓の機能が低下し、食事も取れず、点滴に頼る日々。それでも、小橋川さんは「今ならモルヒネで痛みを取って、自宅に帰すことができるのではないか」と考えた。

 主治医に相談すると、主治医は「まだ治療法はあるのに」と抵抗したが、小橋川さんは「意識がなくなってから家に帰しても意味がありません」と、説き伏せたという。

 女性は帰宅し、2カ月後には亡くなったが、昏睡(こんすい)状態になる3日前には、家族と海水浴にも出かけた。家で過ごす間、一刻一刻をかみしめるように、終始穏やかな顔で子供たちと過ごしたという。

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 重篤ながん患者の痛みを抑えるには、モルヒネなどの医療用麻薬による緩和ケアが欠かせない。沖縄の緩和ケアでは、痛みを抑えるモルヒネの消費量が高いことも特徴だ。

 和歌山県立医大麻酔科学教室の畑埜(はたの)義雄教授が調べたところ、沖縄は平成12年にがんの死亡率は全国最下位の47位だが、がん死亡者1人あたりのモルヒネ使用量は全国4位。

 そもそも日本は、医療用モルヒネの使用実績が先進国中、最下位。痛みのケアへの、医療従事者の関心が薄かったと言われる。

 例えば、畑埜教授が教える医大がある和歌山県の場合、がん死亡率は6位と高いのに、がん死亡者1人あたりのモルヒネ使用量は43位と低迷している。畑埜教授は「沖縄の使用量が高いのは、モルヒネの使用量が世界トップの米国の影響を受けているからだろう」と指摘する。

 沖縄は戦後、米国の支援で復興した経緯がある。現在もハワイ大学と交流がある県立中部病院(うるま市)の玉城和光・血液内科部長は「モルヒネの扱いは、患者の『痛い』という声をうまく聞き出す能力が求められる。コミュニケーションなどの訓練が求められる米国流の教育を受けた医師が沖縄の医療界をリードしている」と指摘する。

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 現在、南部病院の看護師長を務める小橋川さんは「緩和ケアを進めるには、モルヒネの使用だけでなく、患者さんの要望を先取りしたり、『帰りたい』という要望をかなえるために地域と連携することも必要」という。

 沖縄では、共同体意識が根強く、助け合いの精神が強い。病院もその精神で患者に臨む。南部病院では、在宅を支える訪問看護ステーションと病院が連携し、患者の「家に帰りたい」「入院したい」という要望に柔軟に対応する。

 「治療は病院で行い、生活は自宅でする。時には、介護する家族が休むため、患者にショートステイもしてもらう。患者や家族が生活の質に応じた選択をできるよう、医療者にはメリハリのある判断をさせている」と同病院緩和ケア担当の笹良剛史医師。

 冒頭のエピソードも、病棟の看護師長が、地域の実情を知る訪問看護ステーションの小橋川さんに協力を求め、病院の治療方針より、患者の選択を優先させたケースだ。小橋川さんが、患者の気持ちを先読みしたことが功を奏し、最後の時を穏やかに過ごすことができた。

 笹良医師も「緩和ケアは、患者が必要とするタイミングで行うことが重要。医療者はそのために、絶えず先を読む必要がある」とする。笹良医師にはかつて、身近にいたがん患者が痛みに耐えかねて自殺した経験がある。それが今も教訓になっているという。

 「緩和ケアを適切に行い、患者が穏やかに最後を過ごせれば、家族の精神状態にも大きく影響する」と小橋川さん。母親が苦しめば、後々、子供の精神状態にも悪影響が出ることを懸念したのだ。しかし、冒頭の女性の死後、子供からは「かぞくいちどうがんばります」という手紙が届き、安堵(あんど)したという。

(2007/10/31)