産経新聞社

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産科医不足に挑む タンザニア編(上)

6人目の子供を妊娠中のスサナ・ルテンガさん(右)。多産社会のタンザニアで保健推進ボランティアが果たす役割は大きい=タンザニアのムワンザ州




 ■ボランティアが頼り

 先月8〜10日に連載した「産科医不足に挑む」では、産科医が不足する日本の現状をテーマにしましたが、途上国ではさらに状況は深刻です。日本の70倍にも上る妊産婦死亡率を減らそうと、東アフリカのタンザニアでは、国や非政府組織(NGO)が妊産婦をサポートする保健推進ボランティア(CBSP)の活用を進めています。(佐久間修志)

 同国第1の都市、ダルエスサラームから飛行機で2時間。さらに車で4時間ほどの北部ムワンザ州マグ県。住民の月収が1万〜2万シリング(約1000〜2000円)という、スクマ族の集落に住むスサナ・ルテンガさん(37)は5子の母。さらに妊娠7カ月という。

 これまでの出産で、医療機関で産んだのは陣痛が遅れた第2子だけ。後は村の“産婆さん”が来て自宅で取り上げた。ビニールシートの上であおむけになり、へその緒はカミソリで切った。健診は4番目と5番目の子供のときに「年に1回」(スサナさん)だった。

 夫(39)が耕す綿花畑の収入は年に1度。実質、スサナさんが毎日の行商で家計を支える。診療所までは歩いて2時間。健診は意識から外れていた。

 「これまでも何も問題なかった」と話すスサナさん。行商は陣痛が始まるまで続けるという。

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 国連開発計画(UNDP)の人間開発報告書(2006年版)によると、同国の妊産婦死亡率は10万件あたり580人。日本(8人)の70倍以上だ。

 背景にあるのは、診察を受けるタイミングの遅れ。「遅れ」は3つの「不足」から来ると指摘される。

 大きいのは、医師不足。現地NGOの資料などによると、同国では、医師1人が診る国民の数は約2万5000人(日本は約500人)。年に約300人が医師資格をとるが、国内で医師となるのは半数だ。

 産科医が不足する状況は日本と同じ。医師の1人は「働く時間も不規則で手術も危険。ドロップアウトしたり、診療科を変える産科医が後を絶たない」という。同国内では医師や助産師にお産に立ち会ってもらえるケースは46%という。

 車など、移動手段の不足も、救急時の搬送の遅れにつながっている。

 同国内の医療施設数は4990カ所たらず。国民の約8割が農村に住んでおり、身近な場所への医療施設設置が難しい。

 ダルエスサラームに比較的近いモロゴロ州モロゴロ県でも、人口約30万人を医師4人がカバーする。本格的な手術の場合は、州立病院への搬送が必要だが、搬送に6時間以上かかる地域もある。

 出産についての知識不足も大きい。健診が重要視されておらず、異常の発見が遅れ、命を落とすケースがあるという。

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 母子保健活動を支援する同国のNGO「タンザニア家族計画協会」が日本のNGO「家族計画国際協力財団(ジョイセフ)」と進めるのが、CBSPと呼ばれる保健推進ボランティア制度の普及だ。

 制度は(1)CBSPを地域から選び、妊産婦に出産の知識を伝える(2)地域の“産婆さん”に分娩(ぶんべん)知識を伝え、「伝統的助産師」(TBA)として、CBSPと連携させる(3)地域に診療所を作り、TBAがお産を取り上げる−といった内容。

 CBSPは妊産婦を定期的にカウンセリング。異常を早期に発見し、高度医療施設に送ることも可能という。

 妊産婦ケアと分娩介助。日本で助産師が担う役割をボランティアらに担わせ、産科医不足を補おうという試みだ。

 同協会が重視するのは、CBSPによる啓蒙(けいもう)効果だ。タンザニアの合計特殊出生率は5・0。結婚後、毎年のように子供を産む女性も少なくなく、母体への負担も大きい。「CBSPが家族計画や避妊の方法を広めれば、危険な出産が減ってくる」(同協会)。定期的な健診の重要性も説くという。

 スサナさんも、妊娠中の第6子については、昨年、同協会の支援で村に建てられた診療所で毎月健診を受ける。家族計画の重要性もCBSPから聞き、「これ以上、子供をつくらないよう、夫と相談したい」と話す。

 女性よりも男性の意見が強い同国では妊産婦さんへのアプローチだけでは不十分。家族の理解が得られずに病院に行けない実態もある。同協会は「男性や若い世代の啓蒙に力を入れる」と、活動範囲を広げているという。

 人材不足を埋めるため、医師以外のマンパワー活用を進めるタンザニアのCBSP制度は普及していくか。次回は普及に向けた課題を取り上げる。

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【用語解説】タンザニア

 アフリカ大陸のタンガニーカとインド洋沖合のザンジバルがそれぞれ英国から独立後、1964年に連合共和国として成立。首都ドドマ。国土は約94万5087平方キロで日本の2・5倍。2005年の人口は約3830万人。1人あたりの国民総所得は340ドルで、1日1ドル以下で暮らす国民が半数以上。教育には力を入れており、識字率は男性で77・5%。

(2007/11/05)