産経新聞社

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産科医不足に挑む タンザニア編(下)

伝統的な治療法に頼らず、医療機関に行くことを勧める人形劇=タンザニア北東部のチェケレニ村


「患者さんを運ぶのが誇り」。日本から贈られた自転車に村人を乗せるエステル・エマニュエルさん


 ■部族の伝統が壁に

 産科医不足を緩和するため、タンザニアでは非政府組織(NGO)を中心に、健康推進ボランティア(CBSP)制度の普及が進められています。CBSPの活動には地域の理解が不可欠ですが、部族の伝統的な慣習や迷信が思わぬ壁となることも。CBSPのモチベーション維持も含め、普及は一筋縄ではいかないようです。(佐久間修志)

 「さあ、診療所に行こう、診療所に行こう!」。小さな人形を操るCBSPたちの声に合わせて、集まった子供たちが楽しげに歌い出す。人形が舞台に勢ぞろいすると、大きな拍手が起こった。

 キリマンジャロを望む北東部のチェケレニ村。村では今年6月から、CBSPたちが人形劇を通じて村人に母子医療の啓蒙(けいもう)活動を続けている。

 劇の内容はこうだ。ある女性が2回の流産を経験。道ばたの「薬草」を使って体質を治そうとする。そこにCBSPが「診療所に行った方がいい」とアドバイスし、原因が判明していく−。

 村にCBSP制度が導入されたのは1992年。それまでは村の“産婆さん”が、伝統的な方法でお産を扱っていた。元産婆で、今はCBSPのフェリスタ・マウガさん(47)は「CBSPがいなければ、村人は病院には行かなかったと思う」。人形劇のように、薬草を使うことなどが“治療”と信じていたという。

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 同国のNGO「タンザニア家族計画協会」がCBSP普及活動を始めたのは88年。今や活動は政府施策としても広がり、計5700人のCBSPが活躍する。だが、当初は現地部族の反発が後を絶たなかったという。

 同国では、伝統的“医療”や迷信への信仰が根強い。「薬草信仰」もその一つだ。

 地方では、「悪霊を追い払って病気を治す」という呪術師が「薬草」を処方するのが、伝統的な“診療”だ。取材した一般家庭でも、呪術に使う道具が備えられていた。

 同協会のニコリーナ・ムタティフィコロさん(55)は「川を渡ると流産するという迷信を信じる村では、対岸に診療所があっても足を運ばない。家族計画も、ピルを飲むとがんになると信じる人がいた」と、苦労を話す。

 国連人口基金(UNFPA)タンザニア事務所のニコール・ジョーンズ代表は「乳幼児死亡率は予防接種などで改善できるが、妊産婦には男女格差や慣習などの問題解決が必要」と話す。

 CBSPのモチベーション維持も新たな課題だ。

 同協会のCBSPは1200人に上り、国全体の3%の地域に配置されている。だが、政府などがカバーする残り97%の地域にはCBSPは約4500人しかいない。同国保健省高官は「任命しても、無償のボランティアではモチベーション維持が難しい」と話す。

 あるCBSPの男性は午前中に農業を終え、午後いっぱいは受け持ちの妊産婦宅訪問に忙殺される。「できればもう少し、報酬があればね」とつぶやく。

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 それでも制度が成り立つのは、CBSPに地域の重要な職責という「ステータス」があるためだ。同国では、職責の価値が高く、「なぜ続けられるのか」との質問に、ほとんど全員が「村人に特別に尊敬されるから」と口をそろえた。

 このため、ステータス保持に寄与する支援は効果が大きい。

 日本のNGO「家族計画国際協力財団(ジョイセフ)」は地方自治体と連携、放置自転車を寄贈する活動を続ける。交通手段の乏しい同国で、救急時の搬送手段として活用してもらおうと89年から始まったが、CBSPのステータス保持にも一役買っている。

 人形劇が行われたチェケレニ村のCBSP、エステル・エマニュエルさん(28)は自転車にまたがり、「妊婦を乗せて移動するのがうれしい」と満足げだ。自転車を贈られたCBSPは、便利さと同時に、誇らしさを感じるようだ。

 しかし、ステータスに価値を置く傾向は、一種の“階層社会”を生みやすい。支援の難しさとも無縁ではない。

 ビクトリア湖畔にあるマラ州ムキリラ村。ジョイセフが村人に衣料物資を寄贈して帰ろうとしたとき、「最後まで、一人一人に手渡してくれ」。周囲からクレームが起きた。

 「この国では、有力者が支援を私物化するケースがある。物資が下の階層に行き渡らないことも多い」。ジョイセフの高橋秀行国際協力推進グループ部長は難しさを指摘する。

 「母子は地域の最下層者。そこへ支援を届けるには、高いハードルがある。物質支援でないCBSP制度は、ハードルを超える工夫でもあるのです」

(2007/11/06)