産経新聞社

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がん患者が使えない介護保険(上) 間に合わない認定

在宅療養を始めたがん患者。介護保険の利用は遅れがちだ


 昨年4月から、末期がんの患者が在宅療養をする場合、介護保険が利用できるようになりました。患者からは「介護ベッドを使いたい」などの声が上がります。しかし、数週間から1カ月で看取(みと)りを迎える末期がん患者の場合、介護保険の申請をしても、要介護認定が間に合わないケースも多く、改善の余地が指摘されています。(北村理)

 都内に住む、あるがん患者は病院から退院し、1カ月もたたずに亡くなった。申請していた介護保険の認定が下りたのは、葬儀のその日だったという。

 患者の家族から苦情を受けた、おもて参道ケアプランセンター(東京都渋谷区)のケアマネジャー、池田麻理さんは「末期がんの場合、患者さんは数日から週単位で容体が変わる。しかし、介護保険サービスを受けるための認定作業には約1カ月かかる。退院後に申請したのでは、手遅れになることも少なくない」と話す。

 しかも、末期がんの患者は一般に、退院時に自力で歩くことができる。その状態で介護保険を申請しても、要介護認定は低くなりがちだという問題もある。

 池田さんは看護師として、がん患者の在宅ケアをした経験から、「末期がんの方は慢性疾患の方の5倍くらいのスピードで病状が進む」と指摘する。病状の進行に、介護保険の利用が追いつかないのが実態だ。

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 医師が在宅看取りに関する情報をきちんと把握していないことも、介護保険の使いにくさに拍車をかけている。

 東京都医師会で在宅ケアのマニュアルづくりをすすめる新田クリニック(東京都国立市)の新田国夫院長は「家族の負担を考えると、医療保険だけでがん患者の在宅ケアを支えるのは難しい」と、介護保険が使えるようになったことを高く評価する。しかし、「運用については問題が多い。カギを握るのは医療者の姿勢だ」と指摘する。

 同クリニックは、がん専門病院や大学病院などから患者を受け入れ、これまでに約1000人の患者を看取った。しかし、「送り出す病院の医師が介護に関心が低いと、介護保険の申請に必要な主治医意見書の記入が不十分になり、要介護認定も低くなりがちだ」と指摘する。

 医師の介護への無関心は、制度そのものへの無理解にもつながる。

 要介護認定が低いと、在宅ケアに欠かせない電動ベッドなどの福祉用具は原則、借りられない。ただ、今年4月からは、医師の診断書があれば利用できるようになった。

 ところが、介護と医療の連携に比較的熱心な国立市でも、診断書を得て福祉用具を利用したケースは10件にとどまる。新田院長は他の自治体も含めて、こうした情報が行き渡っていないのではないかとみる。

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 病院から在宅へ、急性期の治療から介護へ、患者がスムーズに移行できるよう、病院には「医療連携室」が設けられた。しかし、ここが機能していない面もある。

 東京都豊島区に住む女性(68)は今年5月から、末期がんの在宅療養を始めた。

 今年4月にがん専門病院で治療を受けた直後から家に戻ると決め、自分で介護保険を申請し、5月の退院時には認定がおりた。身体障害者手帳も取得し、福祉タクシーを利用、外出にも積極的だという。

 しかし、家での暮らしがスムーズに始まったのは、女性に介護経験があり、制度をある程度、分かっていたからだという。

 女性の在宅ケア医である要町ホームケアクリニック(東京都豊島区)の行田泰明医師は「入院先の病院は、女性に積極的に情報提供していませんでした」とする。患者の病状を一番よく知っている主治医が、患者の希望を聞いた時点で医療連携室につなぎ、医療連携室が介護保険の手続きや訪問看護ステーションを紹介していれば、女性の負担も軽かったはずだ。

 しかし、行田医師は「現実には、主治医が医療連携室を通さず、患者を退院させてしまうケースが後を絶たない。がん患者さんは何の情報も与えられておらず、ここへ来て初めて、介護保険が使えると知るくらいです」と指摘する。

 医療連携室がうまく機能していないことについて、厚労省医政局総務課は「患者を退院させる際に、必ず通さなければいけないわけではない。どうスムーズに在宅へ移行させるかは、病院の姿勢によって対応はまちまちだ」と現状を認める。

 背景には、医療連携室自体、末期がんケアにたけた診療所や訪問看護ステーションなどの情報を把握していないことがありそうだ。

 新田院長は「末期がんは短期決戦。スタート時点でつまずくと、後手後手にまわる。患者さんの使い勝手がよいように、情報を共有できるネットワークづくりが必要だ」と話している。

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【用語解説】地域医療連携(室)

 病院同士や診療所との円滑な連携の必要性が高まったことから、大学病院や地域の中核病院などで設置が進んでいる。在宅ケアに入る患者を診療所などへ紹介したり、中核病院や診療所などからの患者受け入れの調整、患者の退院および在宅ケア、社会復帰に関する情報提供や支援を行っている。平成9年の医療法改正で医療機関の連携が必要とされたことから、設置が進んでいる。

(2007/12/03)