産経新聞社

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がん患者が使えない介護保険(中)

訪問看護師からケアマネに転身した池田さん(左)。「介護者と、医療者の橋渡しになれるといい」という


 ■ケアと治療の連携必要

 急速に病状が進むがん患者の在宅ケアでは、医療のケアが中心となりがちですが、介護サービスを利用する場合、医療職と介護職の情報共有は不可欠です。しかし、がんの在宅ケアの現場で双方の壁を越えるのは容易ではないようです。(北村理)

 東京都内で先月から自宅療養を始めた、がん患者の男性は1カ月もたたないうちに再入院した。

 患者は1人暮らし。自力で歩き、家事もしていたかに見えた。しかし、在宅ケア医が診察すると、肺に転移したがんのため、呼吸は不自由で、動作は休み休みでないとできないようだった。

 ところが、訪ねてくる人があれば、頑張って動いてしまうので、ケアプランが作りにくい面もあったという。

 こうした状況で在宅医、訪問看護ステーション、訪問介護事業所が連携し、サービスを開始した。しかし、患者にとって、在宅ケアは、いろいろな人の出入りが激しく、気苦労が多い割に、生活の質が上がった実感が得られなかったようだ。結局、本人の希望で、再入院することになった。

 この患者の在宅ケア医は「最大の問題は、治療を受けた病院を退院する際に、在宅ケアに通じた事業所を教えてもらえなかったこと」と指摘する。

 患者は退院にあたり、病院から、訪問介護事業所のリスト1枚を与えられただけ。自宅に最も近い事業所を選んだところ、がん患者の在宅ケアの経験に乏しい事業所だった。

 すぐ近くに、経験豊富で、訪問看護も行う事業所があったが、病院側には情報がなかったようだ。

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 「医療者と介護者が一緒に在宅ケアにかかわる以上、密接な連携は不可欠。しかし、現状は不十分だ」というのは、白梅学園大(東京都小平市)の山路憲夫教授。

 山路教授は、昨日紹介した新田クリニックの新田国夫院長らと、東京都国立市で、医療者と介護者のネットワークづくりを進めている。

 医療経済研究・社会保険福祉協会(東京都港区)の調査によると、ケアプラン作成時に、医師および歯科医師からケアマネジャーに必要な情報提供があったのは7割に上る。

 ところが、日々の介護サービスとなると、「利用者の状態について、主治医(かかりつけ医)がケアマネジャーに連絡してくれた」割合は15%にとどまった。

 また、本来、医師やケアマネジャー、ヘルパーらが利用者に合ったサービス内容を検討する「ケアカンファレンス」に、出席するかかりつけ医は8・3%にすぎないという。

 冒頭のようなケースも、「在宅ケアを始める前に、患者や家族も含め、医療者と介護者が情報を共有する作業をすべきだった」と、山路教授は言う。

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 ただ、末期がん患者のケアでは、病状の理解はもちろん、患者の心理状態へのデリケートな対応も求められる。「医療者と介護者が情報を共有するのは難しい」という声も出る。

 末期がん患者の看取(みと)りを行う要町ホームケアクリニック(東京都豊島区)の訪問看護師、成田郁子さんはあるとき、訪問先の風呂場で倒れているがん患者を見つけた。

 居合わせたヘルパーが抱き起こそうとしたため、「がん転移でもろくなった骨が折れている可能性もある」と制止した。不適切な介護でがん患者が骨折する例を数多く見てきたからだ。成田さんは「情報を共有しても、判断力や経験がなければ、適切な対処は難しい」という。

 情報をどの範囲で共有するかという共通認識もできていない。ケアカンファレンスで、医師がヘルパーに患者の情報を伝えたところ、ヘルパーがうっかり情報を患者に伝え、トラブルが生じたなどのケースも。

 こうしたトラブルを避けようと、在宅看取りを扱う診療所や訪問看護ステーションでは、ケアマネジャーだけでなく、ヘルパーを抱えるケースも目立つ。

 新田クリニックでは、新田院長はじめ医療スタッフのほぼ全員がケアマネジャーの資格を持つ。「まず、医療者が介護のことを知る必要がある。それが両者のハードルを下げる一番手っ取り早い方法だ」という。

 昨日紹介した、おもて参道ケアプランセンターの池田麻理さんも訪問看護ステーション所長からケアマネジャーに転じた。「看取りを経験したヘルパーも増えている。そうした介護者と、医療者の橋渡しになれるといい」と話している。

(2007/12/04)