産経新聞社

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納得は得られるか 動き出す医療版ADR(下) 

千葉大学医学部で実施されている患者死亡時の画像診断(写真はデモンストレーション)。死亡時の証拠保全がADRの中立性確保につながる


 ■中立性の担保 証拠や調停役で工夫

 医療事故紛争をめぐっては、病院側のカルテ改竄(かいざん)なども報道されています。ADRは病院側の情報が前提で行われることが多く、「公正な事実認定ができるのか」といった疑念の声も聞かれます。ADRが機能するには、こうした疑念を払拭(ふっしょく)する運営上の工夫も求められます。(佐久間修志)

 東京都内に住む高橋弘子さん(61)は平成11年5月、入院した母親を亡くした。医師は「脱水症」と診断したが、実際には大動脈乖離(かいり)。処置が遅れ、母親は転院先で死亡した。

 「診断ミスでは」。高橋さんは16年7月に病院側を提訴。昨年の判決では、大病院への転院の遅れによる過失は認定されたが、診断上の過失は認められなかった。高橋さんは判決を不服として控訴。東京高裁で係争中だ。

 判決には不満の高橋さんだが、「それでも、ADRよりまし」という。「証拠となるカルテは病院側が改竄する可能性もある。裁判は証拠保全される分、証拠が信用できる」と言う。

 「話し合いより法廷で白黒つける」。そう考える医療事故被害者は少なくない。高橋さんが事務局長を務める市民団体「医療過誤原告の会」への相談も、いきなり「弁護士を紹介してほしい」との内容が多いという。

 「費用と時間に余裕がない人はADRでいい。でも、手術室にカメラが入るとか、証拠の信用性が担保されない限り、ADRでの解決には不透明さが残る」。多くの医療事故被害者を見てきた高橋さんの結論だ。

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 医療紛争にADRをあてはめるとき、患者側からしばしば中立性が疑問視される。医療紛争は専門性が高く、一般的に患者側よりも医療側が持つ情報が多い。このため、ADRでの話し合いは医療側有利に進むと考えられかねないためだ。

 こうした疑念を払拭しようと、ADRを運営する側は、調停役の人選などで中立性が出るよう苦心する。

 東京の三弁護士会は9月、それぞれの仲裁センター内などに、医療紛争を扱うADR機関を創設した。

 調停役の「仲裁委員」には、医療訴訟の経験豊富な弁護士を採用する。話し合いが片側に有利にならないよう、医師側と患者側、それぞれの代理人経験のある弁護士を15人ずつリストアップ。そこから、医療側代理人の経験者1人と患者側代理人の経験者1人が選ばれ、別の仲裁委員と3人でADRにあたる。

 医療関係者は仲裁委員としては参加しない。仲裁委員の宮澤潤弁護士は「医療側寄りの判断になりやすいのでは、といった患者側の不信感を軽減するため」と解説する。

 一方、メディエーターなどを活用した第三者機関の設立を目指しているのは、早稲田大学の和田仁孝教授を中心としたグループだ。

 調停役は医師と弁護士の2人。どちらかがメディエーション技術を持っていることが条件だ。

 調停役に医師が入ることについて、和田教授は「医学知識を持った第三者が入ることで、医療側の主張をチェックし、牽制(けんせい)できる。弁護士も入り、中立性は維持できる」と強調する。

 ADRを運営する側はいずれも「どの方式がベストというわけではない」と口をそろえる。

 「医師の考えが聞きたいという要望もあれば、弁護士の解釈が知りたい人もいる。案件に応じた選択ができるよう、運営団体同士の連携があってもいい」(和田教授)

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 運営方法とは別のアプローチで、中立性を目指す動きもある。

 千葉大医学部の放射線科では今年8月、最新の画像診断を行う「Aiセンター」を設立。患者の死亡時に病理解剖に先立ってコンピューター断層撮影(CT)を始めた。院内だけでなく、県内の医療機関からの依頼にも応じる。

 死亡時にCTを行うことで、公正で客観的な死亡時の証拠保全を行おうという取り組みだ。現在、同県内で設立が予定されているADR機関での活用も視野に入れており、中立性を高める効果が期待される。

 同科の山本正二医師によると、ADRでは、事実関係の根拠は医療側のカルテとなるが、「患者の遺族が死因に不信感を持ったとき、カルテしか根拠がないのでは不信感を助長しやすい」という。

 ただ、病理解剖ですべての臓器を調べても、死因を特定する結果を記載した報告書ができあがるのは早くて1カ月、通常は3カ月程度かかる。

 CTなら、内部出血や膿がたまっているなど、症例によっては、解剖よりもむしろ状況を明確に把握できるメリットもあるという。山本医師は「解剖で遺体が傷つけられることに抵抗がある遺族感情にも配慮できる」とアピールしている。

(2007/12/19)