産経新聞社

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病院から在宅へ 動き始めた町医者たち(上)

在宅療養から一時入院した患者の容体をみる越川貴史院長。「地域の在宅診療の受け皿になりたい」とする=東京都杉並区


 ■進む受け皿整備 診療所との連携必須

 病院から在宅療養への移行を進める国は、今回の診療報酬改定に、病院側が在宅の受け皿となった場合に評価する案を盛り込むなど、動きを加速させています。現場ではまだまだ課題山積ですが、こうした動きに呼応するように、取り組みが広がりつつあるようです。(北村理)

 「終末期の患者は受け入れません」

 首都圏で在宅医療を手がける診療所の医師は、「容体の悪化したがん患者を前に、そう言いきった大学病院の医師の姿が今でも目に浮かぶ」と、悔しさをにじませる。

 そもそも、大学病院への搬送は、「いつでも来ていい」という主治医の言葉を信じた患者の希望だった。

 しかし、当の主治医は姿を現さず、患者は結局、別の病院に転送された。転送先の病院は「主治医がいるのになぜ受け入れない」と、いったん受け入れを拒んだものの、患者の病状が悪化したことから結局、受け入れ、患者は転送先で亡くなった。

 患者に同行した診療所の医師は「大学病院が本来すべき説明をせず、患者にいつでも戻れるような錯覚を抱かせて退院させれば、患者も最期は病院で、と期待する。言葉通り、病院が患者を受け入れるなら、それでもいい。しかし、受け入れないなら、周りみんなが振り回される。これでは、地域の診療所も在宅支援に取り組みづらい」と、病院の対応を批判する。

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 在宅医療を進めるには、病院と診療所の連携が不可欠。厚生労働省は誘導策として、退院計画の作成や両者の連携強化、急変時の病院側の受け皿整備に報酬を認める方針を打ち出した。

 しかし、報酬がついても、ネットワークをつくるのは、また別問題だ。東京都新宿区で在宅患者200人を抱えるフジモト新宿クリニックの藤本進院長は「連携できるネットワークをつくり、それを維持することは、容易ではない」と話す。

 末期がん患者が多い同クリニックでは、都内15病院と連携する。これらの連携病院は、藤本院長が外来と在宅診療の間をぬい、勤務医に個々に面談して広げてきたネットワークだ。

 在宅医療や緩和ケアの勉強会に参加しても、病院側は、院長クラスの参加が多く、忙しい現場の勤務医は少ない。しかし、実際に交渉の窓口となるのは勤務医。過去に連携した実績があっても、当直医が知らずに、受け入れを渋るケースも少なくない。結局、「在宅に理解のある医師を通じて、再び受け入れを求める」といった手間をかけるという。

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 診療所側の“覚悟”が十分にできていない面もある。

 東京都新宿区では、在宅療養支援診療所をバックアップするために、年間1800万円を投じ、3病院に3床を常時確保している。先進的なケースだが、稼働率は5割程度。受け皿はあっても、使われていないわけだ。

 同区医師会が在宅医療を支援するため、夜間に往診する医師を募ったところ、手を挙げたのは、計画の半数にあたる25診療所に過ぎなかった。夜間、休日の往診に応じることには、まだハードルが高いようだ。

 厚労省が昨年、在宅療養支援診療所を対象に行った調査(回答率37・4%)でも、診療所の全患者7万6000人のうち6割を、患者数40人以上を抱える、わずか14%の診療所が支える。「一部の熱心な診療所で支えられている」(厚労省がん対策推進室)のが実態だ。

 東京都杉並区で33床を持ち、緩和ケアに熱心に取り組む越川病院の越川貴史院長は「在宅医療を知らない診療所に、ただ参加を求めるだけでは、『無理したくない。できる診療所がやればいい』となってしまう」という。同院は在宅療養支援診療所、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所を併設し、地域の在宅医療の担い手となっている。

 ただ、地域で勉強会を開いても、顔ぶれは限られているという。越川院長は「診療所の自主性に任せていたら、新規参入を促すのは難しい。誰でもすぐ参加できる実際的な連携のプランを示し、実践のなかで、少しずつ診療所を取り込む努力が必要だ」と指摘する。

 では、実際的な連携プランとは−。過去4年間で在宅看取りの数を、全国平均の3倍以上に伸ばした地域がある。長崎市内の診療所同士を中心としたネットワークだ。

 「長崎方式」は国の対がん総合戦略研究でも、連携モデルに指定され、普及が期待されている。明日は、その取り組みをお伝えする。

(2008/01/22)