産経新聞社

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病院から在宅へ 動き始めた町医者たち(中)

在宅療養中に状態が悪化した患者の入院を、ドクターネットの登録医に携帯電話で要請する白髭医師(左)=長崎市内


 ■長崎方式 組織化し情報共有

 在宅療養には、病院や診療所との連携が欠かせません。地域の診療所の役割は重要ですが、開業医はいわば“個人事業所”のため、孤立しがちで、お互いが連携しにくい面もあります。長崎では、開業医らが助け合うことで、在宅療養を大きく飛躍させました。(北村理)

 「なんで、こげんなるまで、すわっとっとね。リハビリせんば、良うならんて」

 長崎市の白髭内科医院の白髭豊院長は市内の住宅を訪れ、肝障害のある男性に声をかけた。

 男性は家にこもり気味で、筋力が低下し、歩行が困難になった。妻は乳がんを患ったことがあり、「介護する自信がない」という。

 「年末だし、入院は年明けになるかわからんね」といいながら、白髭医師は携帯電話をかけ始めた。10分後にかかってきた返事は「明日にも入院可能」だった。

 白髭医師が電話をかけたのは、「長崎在宅ドクターネット」の登録医。同ネットは白髭医師ら主に開業医らの集まり。中には、リハビリ施設や病床をもつ診療所も登録しているため、すぐに入院先が見つかったわけだ。

 同ネットが発足した4年半前は、市内の開業医13人でスタートし、現在65人に拡大。どこも外来を行い、在宅しか行わない診療所はない。これまで、174人の在宅患者を受け入れ、最期まで在宅で看取(みと)った率は約40%に上る。

 長崎市は「坂道が多く、在宅診療に不利」(白髭医師)とされ、在宅の看取り率は全国最下位クラス。それを現在の倍に引き上げるのが目標だ。

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 成果をあげてきた理由について、白髭医師は「外来を抱える開業医に無理をさせず、『在宅で療養を』という患者を、いかに受け入れるかに配慮した」という。

 開業医1人に集中しがちな負担を軽減するための具体策として、登録医の中で、主治医をバックアップする副主治医を置いたのがカギ。主治医の手が回らないときには、副主治医が訪問診療や往診をサポートする。訪問診療料などの診療報酬は、実際に診療した副主治医が得るが、患者はあくまでも主治医に返す約束だ。

 また、孤立しがちな在宅医のために、登録医同士のメーリングリストを開設、情報の共有を容易にした。メーリングリストは、主治医、副主治医を決める際にも活用される。患者紹介の連絡が来ると、患者情報の一部(性別、住まいのある町、症状など)がメーリングリストに載り、登録医らはそれを見て、経験や地域などに応じて手を挙げる。患者の主治医、副主治医の決定は「2日以内」と申し合わせており、最終的に市内5地域で開業しているコーディネーター医が調整する。

 白髭医師は「どの医師についてもらうかについては神経を使うが、患者さんのためには迅速な退院移行は不可欠だ」という。実際、ネットを経由した患者の8割以上が1日以内で主治医が決定している。

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 ドクターネットは病院に勤務する医師29人、皮膚科や精神科、眼科、婦人科など専門分野の協力医27人が参加していることも大きな特徴だ。ネットを経由し、在宅に移行した患者の半数以上はがん患者。がん患者の治療には、症状が進むにつれて、緩和ケアの知識やさまざまな処置が必要になる。

 こうしたときに、勤務医や協力医のアドバイスが、いつでもメーリングリストで得られる。ここでのやりとりは過去4年半で3200通を超えた。内容は、日常の医療情報にも広がり、「インフルエンザの警戒情報も流れる。タミフル問題などは、世間より早く話題になった。外来診療にも貢献している」(白髭医師)

 長崎の取り組みは、長崎県内はじめ、熊本市、京都市、秋田市、長野市などに広がりつつある。

 長野市で唯一、緩和ケア病棟をもつ愛和病院の山田祐司院長は「長崎方式」を提唱しているひとりだ。

 同院の緩和ケア病棟(16床)は市内の看取りを一手に引き受けており、常に満床状態。山田院長は在宅療養を進めようと、開業医向けの緩和ケアの勉強会を開催。長崎方式の主治医、副主治医制を取り入れた連携マニュアルを作成するなど、開業医らが参加しやすい環境づくりに努めてきた。

 しかし、診療所の反応は芳しくないという。山田院長は「マニュアルはあっても、実際にそういう患者を診たことがないと、患者はどう状態が変わっていくのか、いざというときに病院側は受け入れてくれるのかという不安があるようだ。長崎のように、診療所の中から在宅診療をしようという動きが出てこないと、病院側からの呼びかけだけでは、広がりにくい」と指摘している。

(2008/01/23)