産経新聞社

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看取る家族への支援策(上)宿泊サービス

重症患者の宿泊サービスが行われた場所では通常、高齢者向けのデイサービスが行われている=東京都小平市


 ■在宅医療に息抜きを

 在宅での療養が進められるなかで、家族に求められる役割は重要です。しかし、末期がんや難病などの患者を看護する家族の負担は大きく、患者を数日間、宿泊させることで、家族の負担を軽減する試みも行われています。(北村理)

 「睡眠薬を飲んで熟睡し、翌日は何年ぶりかでデパートに行って、息抜きしてきました」

 はずんだ声で話すのは東京都小平市に住む土井洋子さん(65)。

 25年前に交通事故による脊椎(せきつい)損傷で車いす生活となった夫の泰夫さん(69)をみる洋子さんは1月末、ふだん利用しているデイサービスセンターが期間限定で実施した宿泊サービスを利用した。

 「1カ月に一度でいいんです。その1日を楽しみに頑張れますから」と洋子さんは言う。

 泰夫さんは一昨年、誤嚥性肺炎を起こした。以来、肺炎が慢性化し、食事もとれなくなったため、胃にチューブで直接、栄養補給をする「胃ろう」を施した。

 洋子さんはたんの吸引のため、「せきが聞こえたら、夜中も起きる」日々。たんの吸引のタイミングを逃すと、すぐにチアノーゼを起こすので、夜間も断続的に5時間の睡眠をとるのが精いっぱいだ。

 胃ろうの栄養補給が1日3回、計6時間。泰夫さんは身体の拘縮(こうしゅく)が進み、車での移動が困難になっているため、外出もままならない毎日が続いている。

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 宿泊サービスを実施したのは「ケアタウン小平デイサービスセンター」。デイサービスセンターと同じ敷地内には、診療所、訪問看護、訪問介護の各事業所と、これらのサービスが受けられる賃貸住宅があり、「ケアタウン小平」を形作っている。各事業所のスタッフは、看取(みと)りの経験が豊富なことが特徴だ。

 この宿泊サービスを提案した「ケアタウン小平クリニック」の山崎章郎院長は「在宅療養では、夜間は、(土井さんのように)家族が看護もしなくてはいけない。家族の疲労回復が、満足のいく在宅療養には不可欠と考えた」という。

 サービスは厚生労働省の研究助成金を得て、福岡市と仙台市の計3カ所で実施。同デイサービスセンターでは昨年夏から今年1月末まで週1回、計25回計画し、うち21回にわたり、10人が利用した。

 いずれも、胃ろう、食事介助、たんの吸引などが必要な脳疾患や難病の患者で、要介護度は4、5。2人の看護師が泊まり、1日最大3人を看護した。利用者の負担は2000円。1人の看護師にかかる人件費を2万円と想定し、介護保険なみの1割負担とした額だ。

 錦織薫所長は「宿泊前日にデイサービスを利用し、宿泊翌日にもデイサービスを組み合わせれば、家族は1泊の旅行も可能です」と言う。

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 ふだん利用しているデイサービスセンターで宿泊できるのは、家族にとっては安心だが、錦織所長は「スペースや看護師の確保、それに見合う報酬がつくかどうかが課題だ」と指摘する。

 宿泊については、まだ厚生労働省の研究事業の位置づけ。しかし、がんや難病などで在宅療養をする患者を対象にしたデイサービス事業は平成18年度に、「療養通所介護制度」として始まっている。

 しかし、「療養通所介護推進ネットワーク」の調べによると、実施事業所は各都道府県で平均1、2カ所にとどまる。

 理由について、同ネットの当間麻子代表は「受け入れ人数分のスペースと看護師が必要。訪問看護事業所が行うのが効率的だが、訪問看護事業所にはそれだけの場所がない」とする。

 介護報酬は、送迎つきで利用者1人につき1万〜1万5000円(自己負担は1割)。しかし、錦織所長は「送迎のノウハウは訪問看護事業所にはない。介護事業所が連携することが必要だ」とする。場所を新たに設け、看護師を確保し、介護職と連携するには報酬が低いのではないかというわけだ。

 「療養通所介護」については、ケアタウン小平デイサービスセンターでも、場所や人員配置が十分でなく、実施できていない。しかし、センターにベッドを設置し、通常のデイサービス事業として重症患者も受け入れている。

 山崎院長は「自宅への往診や訪問看護と、一時預かりのサービスがつながってこそ、家族は心おきなく患者を託し、休息を取ることができる。こうした仕組みは、地域の各施設が連携すれば可能だ」。

 冒頭で紹介した土井さんは「夫のように、予断を許さない状況では、預けるのも命がけ。夫の病状はもちろん、家族がどの程度、介護できているかを知っている施設だから、安心して任せることができる」と話している。

(2008/02/25)