産経新聞社

ゆうゆうLife

看取る家族への支援策(中)精神科外来

遺族外来に取り組む埼玉医科大の大西秀樹教授=埼玉県日高市


 ■遺族ケア「継続必要」

 がんなどの闘病で、患者が死に直面する場合、家族の負担も大きくなります。また、患者が亡くなってからは、死別によるストレスがあるといいます。患者の家族をサポートする場所として、精神科の外来が注目されつつあります。(北村理)

 「この子が私の泣くまねをするんです…」

 1歳になる長男をあやしながら、東京都在住の山田裕美子さん(31)=仮名=はこう話す。山田さんは一昨年12月末、最愛の夫(当時41)をがんで亡くした。わずか8カ月の闘病生活。半月後、第1子を出産した。

 母としての緊張感に、生きる意味を見いだそうとするが、妻としての後悔も度々、涙となって顔をのぞかせる。そんな姿が子供にも刻み込まれていることに、最近、気づいたのだ。

 山田さんの脳裏に焼きついているのは、最後の2日間の夫の苦しむ姿。「その印象が強く、私たちが楽しかった思い出が頭に浮かんでこないのです」

 症例が少ないがんで、先行きが示されないまま治療を受けた。がんはあっという間に転移し、「生きたい」と願い続けた夫は、子供の出産を目前に逝った。

 そんな夫への思いは、家族や友人だからといって吐露できるわけではない。親しければ親しいほど、周囲は先行きを心配してくれる。取り繕ってはみるが、そのたびに、あるがままの自分は置き去りにされる気がする。今も、葛藤(かっとう)の日々が続く。

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 患者は死亡すれば、治療が終了する。しかし、山田さんのように、家族は死別後、さらにストレスと闘い続けなければならない。配偶者を亡くして1年以内は、抑鬱(よくうつ)状態になったり、死亡率が高まる傾向もあるという。

 埼玉医科大学では一昨年、「遺族外来」を始めた。遺族外来を担当する大西秀樹教授(精神腫瘍(しゅよう)科)は「患者と同様に、家族へのケアも重要だ。在宅療養を進め、家族に看取(みと)りの役割を求めるなら、在宅ケアにかかわる関係者が連携し、家族ケアを継続する必要がある」と指摘する。

 大西教授によると、配偶者の死別後1年以内の遺族の自殺は、女性で10倍、男性で66倍に上昇する。未亡人の47%が抑鬱の兆候を示すという調査結果もある。

 冒頭の山田さんのように、家族を亡くした当初は喪失感が大きく、家族の思い出を失い、語れなくなる。思い出を語れるようになるかどうかが、精神状態を知るカギという。

 しかし、遺族に必要なケアの時間は、人によってさまざまだ。7〜8年にわたり、病院に通い続ける遺族もいる。家族を亡くしたことが心身にもたらす影響は大きい。

 横浜市の女性(75)は7年前、夫を白血病で亡くし、翌年、乳がんを発病。さらに翌年、大学の教員を退職した。夫の死から2年後のことだ。ところが、退職し、過去を振り返るようになり、夫の看取りが良かったのかどうか自問自答し始めた。そして「食べられない、寝られない、洗濯もできない、あげくに、電車をみれば飛び込みたいような気分になった」という。

 家族の勧めで、夫が入院中に診てもらっていた大西医師を再訪し、そこで鬱病と診断された。女性は「夫が亡くなった時期は、仕事に集中することで気が紛れていた」と振り返る。大西医師の元へ通い、今は危機を脱し、地元医の治療を受けている。

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 「患者の家族へのケアは、患者の治療中から始めるべきだ。そこで信頼を得れば、遺族となってからもスムーズに支援する関係を築ける」。ホスピスの先駆けといわれるピースハウス病院(神奈川県)の松島たつ子・ホスピス教育研究所長は言う。

 同院では、追悼の会を催す中で遺族ケアを継続するが、「家族に医療者への怒りが強ければ、そういった場に参加しない」。

 横浜市の女性も、「大西先生が夫の症状を丁寧に説明し、親身になって安心感を与えてくれたので、夫が亡くなってからも、相談しようという気になった」という。

 こうした家族・遺族ケアは、多くのホスピスで積極的に取り組まれている。しかし、ホスピスを利用できるのは、例えばがん患者では数%にすぎない。

 大西教授は「患者の家族は医療者が思っている以上に、患者の受けた治療、それによってどう病状が変化したかを理解している。だから、がんの知識のない精神科医でも、家族がそのプロセスでどんな感情を抱いたかをうまく引き出すことができれば、ケアは可能だ」と、一般の精神科医がこの分野に取り組むよう訴えている。

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 ■遺族の心理的プロセスのモデル

第1期・ショック

 =興奮、現実感まひ、集中困難など

第2期・怒り

 =怒り、悲しみ、罪責感、故人への探索行動

第3期・抑うつ

 =絶望、無関心、抑うつ、周囲への関心の低下

第4期・立ち直り

 =故人の死を受け入れ、新しいライフスタイルへ適応する

 ■治療対象となる家族、遺族の症状例

・涙が止まらず、介護に支障がある

・不安で眠れない

・食欲がない

・肩がこる

・介護の疲れ

(埼玉医科大精神腫瘍科作成)

(2008/02/26)