産経新聞社

ゆうゆうLife

看取る家族への支援策(下)ボランティア

ボランティアの協力で実現した患者の長男の結婚式=山梨県中央市(玉穂ふれあい診療所提供)


 ■願いかなえる原動力

 在宅であれ、ホスピスであれ、看取(みと)りの場では患者や家族が残された時間を過ごすための生活支援も必要です。そこで大きな役割を果たすのが、ボランティア。ボランティアに支えられ、良い看取りを体験した人が、同じように人を支えたいとボランティアになる例も多いようです。(北村理)

 「明日、診療所で(末期がんの)患者さんのご子息の結婚式を行います。お手伝いをお願いします」

 山梨県中央市の「玉穂ふれあい診療所」(土地(どち)邦彦院長)のボランティア、吉田永正さん(60)は、土地院長からの電話に一瞬耳を疑った。

 平成15年のお盆のころ。甲府市でお寺の住職をする吉田さんにとっては、繁忙期にあたる。

 しかし、土地院長は「法事をずらしてでもお願いします」と譲らない。結婚式をするのは、患者の長男。もともと翌月に結婚式を予定していたが、病状がもちそうにないという。結局、土地院長が吉田さんらボランティアを集めて診療所に会場を設営し、出席者の衣装まで手配した。

 翌日、患者の地元である関西地方から、家族や知人が駆けつけ、全員が正装で式に参加した。患者は長男夫婦の晴れ姿を見届け、翌日、息を引き取った。

 実は、ボランティアである吉田さん自身、がんを患った経験がある。「死に直面したとき、残された時間で何ができるかを考えた」という。以来、ボランティアの仕事に熱中し、阪神大震災の被災地にも出かけた。診療所のボランティアは、5年前、県内初のホスピスとして診療所がスタートして以来、続けている。

 結婚式について、吉田さんは「院長の判断には驚いたが、家族や患者さんの安らいだ表情を見て、彼らの意をくみ取ることが看取りに重要なのだと痛感した」と振り返る。

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 こうした、患者や家族へのケアは、医療や介護保険の制度で位置づけられているわけではない。

 しかし、ホスピスでは一般的だったボランティアを、看取りをする診療所や訪問看護ステーションでも取り入れる動きが広がっているという。

 東京都新宿区の白十字訪問看護ステーション所長の秋山正子さんは「死別に際して、家族は精神に苦痛をともなう。それを和らげ、新しい生活を始める手助けは不可欠」と明言する。同ステーションの看取りは年に約60件。ボランティア組織「NPO法人白十字在宅ボランティアの会」があり、患者と家族を支える。

 家庭の事情などで遺族にはさまざまな対応が必要だ。秋山さんは「ボランティアは、専門家と違って時間や報酬にとらわれず、自由に動ける。地域の事情にも通じている」とする。ボランティアが患者や家族の希望や願いをかなえる原動力になり、それが最後の日々を豊かなものにするというわけだ。

 冒頭の患者の場合も、家族の事情を知る土地院長が病状を見極めて結婚式を発案。吉田さんらボランティアが実現に手を貸した。

 秋山さんは「看取りの後、遺族を訪問するのはアフターケアのためだけではない。遺族の気持ちを傾聴し、共感をもつことで看取りの後もつながりができる」。この過程で遺族がボランティアを志願し、次の良い看取りの担い手となるという。

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 「NPO法人白十字在宅ボランティアの会」の山越武司さん(75)もその一人。3年前、がんだった妻を在宅療養で看取った。

 ふたり暮らしの療養生活の負担と孤独を経験し、今は在宅療養をする患者さんの外出介助、送迎や通院をはじめ、独居となった遺族の定期訪問などを行っている。

 山越さんは「配偶者を亡くした喪失感はなくならないけれど、われわれと同じような経験をしている人に寄り添うことが生きる糧となっている」と話す。

 冒頭で紹介した患者の妻(65)は今夏、山梨を再訪し、患者さんに音楽演奏を提供するボランティアをしたいという。「夫を道半ばで見送った悔いはなくならないけれど、良い看取りをさせてもらったことが、生きる苦しみから救ってくれている気がします。そうした思いを多くの人にしてほしい」

 ボランティアがボランティアを呼ぶ。

 玉穂ふれあい診療所では、ボランティアは5年間でのべ1000人を超えた。露天風呂もボランティアが造った。四季おりおりには、季節に応じた草花が植えられる。

 土地院長は「看取りの場は、患者が残された時間を過ごす生活の場でもある。生活の視点を持つ一般市民の助けが、良い看取りの大きな力となる」と話している。

(2008/02/27)