産経新聞社

ゆうゆうLife

地域で守る救急搬送(上)患者受け入れ拒否



 ■かかりつけ医持ち自衛を

 救急搬送が全国で拒否される事例が相次いでいます。病院が多い都市部では、他病院任せにする傾向があり、搬送拒否も多くなっています。また、急速な高齢化などで高まる需要に、救急の体制が対応し切れない面もあり、医療の現場からは国民に“自衛”を求める声も上がっています。(北村理)

 「万策がつきた感がある」。東京都医師会の救急委員会委員長の石原哲・白鬚橋病院長は嘆息する。

 「現在の救急医療の体制では、搬送の受け入れ拒否はなくならない」という。

 東京都では昨年から、安易な救急要請を減らそうと、救急の電話相談事業と、救急隊が現場で患者の状態をみて、場合によっては搬送を取りやめる事業をはじめた。

 しかし、搬送患者をしぼりこんでも、今年1月、2月には立て続けに、搬送先で受け入れ拒否にあった患者が死亡する事例があった。1月には、95歳の女性が11病院で拒否され、不整脈のため通報から2時間半後に死亡。2月には、61歳の女性が15病院に拒否され、心疾患で死亡した。

 都救急災害医療課の室井豊課長は「救急医療の厳しい現状に加え、急変しがちな高齢者の夜間対応の難しさなど、さまざまな要因が重なった」と振り返る。

 こうした拒否事例が続いたことから、都などは都内264の救急病院に対し、救急隊が迅速に対応できるよう、受け入れ可否の情報を「救急医療情報システム」にリアルタイムで提供することなどを求めた。

                   ◇

 「重症患者を専門にみることからスタートした日本の救急医療は、国民の意識変化と高齢化で急速に伸びている。その実情に現場が追いついていない。医師不足や医師のモラルといった問題だけではない」と石原医師は訴える。

 総務省消防庁によると、平成8年から18年までに救急出動件数は全国で約55%増加したのに対し、救急隊の増加は8%あまり。背景には、救急医療が国民の意識に浸透したことによる軽症患者の利用増▽核家族化にともなう小児救急の利用増▽医療の専門分化に伴う利用者のニーズの多様化−などがある。

 こうした状況に、地域の診療所の減少が拍車をかける。「地域の診療所が機能していたころは、自然と緊急性の高い患者の選別ができていた」と石原医師は指摘する。ところが、今は多くの患者が専門医の多い公立病院などの基幹病院に集中し、「最後のとりでが機能しなくなっている。それが搬送拒否の原因となっている」という。

 都では、1床あたり500万円をかけ救急指定病院に数床単位で緊急用のベッドを確保しているが、それも病院からは「ほぼ満床状態」と悲鳴が上がる。

 救急の増加要因として、都や総務省消防庁が最も重要視しているのは、高齢化に伴う救急の需要増だ。都では、搬送患者に占める高齢患者の割合は増加の一方。国全体でも、救急搬送に占める高齢者の割合は平成16年から18年にかけ、42・5%から46・1%へと着実に増加している。

                   ◇

 総務省消防庁は「現場からの報告では、施設や自宅からの高齢者の搬送事例が目立つ」という。

 高齢者の増加による医療費増への対策として、厚生労働省は療養病床を削減し、高齢者を病院から在宅に移行させる政策を推進している。これが、救急搬送増加の“火だね”となりつつあるというのだ。

 在宅療養に踏み切っても、容体が急変した場合に受け皿となる医療機関は少ない。在宅療養の患者を積極的に受け入れる、ある有床診療所(入院設備のある診療所)は「一般の救急患者の受け入れの打診も多い。しかし、うちでは、在宅患者の受け入れで手いっぱい。とてもこれ以上は受け入れられない」という。

 室井課長は「在宅療養の増加や高齢者の看取(みと)りの問題も救急搬送と関連づけるべきだとすると、救急の問題は救急だけでは解決できない」という。

 都が救急要請の選別を始めた結果、救急搬送を取りやめた患者は半年間に100件余にとどまった。半面、都民の救急電話相談を24時間受けた結果、救急搬送が必要と判断されたのは2000件以上に上った。結果的に、救急需要を掘り起こしたわけだ。

 石原医師は「救急搬送の問題は、対症療法では解決しない」としたうえで、「現在の救急事情では、需要に対応しきれない可能性がある。国民には、かかりつけ医を持ったり、ふだんから高齢者の看取りの方法を考えるなど、自己防衛をしてほしい」と強調している。

(2008/04/01)