産経新聞社

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地域で守る救急搬送(下)産科医不足

川崎市は、救急搬送の負担軽減のため、比較的軽度の患者からの救急相談を行っている=川崎市の救急医療情報センター


 ■立場超えた協力不可欠

 奈良県では一昨年、20の病院に搬送を拒否された妊婦が死亡、昨年も搬送を拒否された妊婦が死産するなど、分娩(ぶんべん)をめぐる救急搬送は深刻化しています。周産期の救急搬送はこれまで、医療機関同士のやりとりで解決されていました。しかし、産科医不足で対応しきれなくなっているのが現状。10年後には1万人の妊婦が難民化するといわれる神奈川県はいち早く、周産期と一般の救急搬送を一本化するなど、産科と救急の負担軽減策を打ち出しています。(北村理)

 「まさか、自分で帰れといわれるとは思いませんでした…」と、横浜市内の産婦人科医は振り返る。

 切迫早産の妊産婦に付き添って救急車に同乗し、救急病院に搬送した。その帰り、救急隊員から「救急出動が忙しく、帰りは送れない」と言われたのだ。横浜市が昨春ごろから、かかりつけ医らを帰りに救急車で送り届けるのを控え始めたためだ。

 しかし、すでに午前零時を過ぎ、公共交通機関は動いていない。タクシーに乗れば、約1万円かかる。産科医は「分娩を扱う医療機関が減り、救急搬送で送り込む先もどんどん遠くなっている。この先、どうなるかと思うと暗澹(あんたん)とします」ともらす。

 最近この医師のもとに外国人女性が救急搬送され、出産した。いわゆる、妊婦健診を受けていない“飛び込み分娩”。後日、分娩料を支払いに来るといったきり、消息不明となった。

 神奈川県産婦人科医会の調査では、こうした飛び込み分娩は、一昨年から昨年にかけてほぼ倍増。救急搬送を圧迫する要因の一つになっている。また、不妊治療の普及で早産や未熟児の多い多胎妊娠も増えた。高齢出産の増加で、緊急度の高い分娩も増加傾向。搬送を受け入れる病院側は常にいっぱいで、搬送の約1割は東京、千葉、静岡へ運ばれる。

 「こんな状況では、救急搬送につながりかねない難しいお産は避けたくなる。実際、限界を訴える産科医仲間は多く、分娩をとらない診療所や病院は増えている」と冒頭の産科医は打ち明ける。

 神奈川県産婦人科医会は、分娩を扱う医療機関は平成14年に71病院と103診療所だったが、29年には64病院と42診療所となり、約1万人の妊産婦が行き場を失うと試算する。

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 分娩場所が減り、残った病院に分娩と救急搬送が集中し、激務で病院を去る産科医が増える悪循環。

 神奈川県では従来、基幹病院の医師が、救急の妊婦の受け入れ先探しを行っていた。しかし、危機的な産科医不足を少しでも打開しようと、県が昨年から、救急医療中央情報センターで周産期の救急も引き受けるようになった。

 救急搬送を要請する場合、医療機関はまず、地域内の基幹病院に連絡。基幹病院が受け入れられなければ、センターが受け入れ先探しを引き継ぐ。昨年4月からの約9カ月間に489件の妊婦について搬送相談を受け、321件の受け入れ先を平均約40分で見つけた。残る168件は、基幹病院が引き受けるなどした数だ。県外搬送は58件と、前年に比べ、大幅に減少した。

 県医師会の近藤正樹副会長(産科医)は「搬送先を探すために、電話に張りついていた医師の負担が軽くなり、搬送先が早く見つかるようになった」と評価する。

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 昨日、救急搬送を減らした成功例として紹介した川崎市も、周産期の救急搬送では「昨年、市内で約80件の搬送依頼があったが、市内で受け入れられたのは8件のみ」という状態だ。

 原因の一つについて、中田雅弘・市医師会理事は「本来、緊急対応すべき病院が正常分娩に手を取られてしまっている」と分析する。このため、市は、市内に残る11の診療所と8つの助産所の活用に乗り出した。

 特に、助産所は今年4月から、嘱託医と嘱託医療機関をそろえることが開業の必須条件。いずれの助産所も引き受け手探しに難航していたが、先月、市と市産婦人科医会の協力で助産師と産科医が話し合い、開業の条件を満たすことができた。

 中田理事は「産科医不足は依然大きな問題だが、地域でできることは立場をこえて協力すべきだ」という。

 神奈川県救急医療中央情報センターの金井信高・副センター長は「こうした連携が、市内はもとより市外、県外に共通したシステムとして広がれば、ある程度、救急搬送のシステムは維持できるのではないか」と話している。

(2008/04/03)