産経新聞社

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闘う女医さん(上)出産、育児

出勤前に勤務先の保育所で保育士に長女を預ける小林裕子医師(右)=長野県松本市


 ■離職させない努力を

 医師不足の解消策として、出産、育児などで現場を一時離れた女性医師らの登用が注目されています。厚生労働省も都道府県に、女医さんの復職支援策などを求めています。しかし、厳しい勤務形態で、“男社会”だった医師の世界では、まだまだ模索が続いているようです。(北村理)

 午前7時半。「じゃあ、行ってくるね」と、研修医の小林裕子さん(38)は、生後4カ月の長女のほおを軽くつつき、保育所をあとにした。

 小林医師は産婦人科医を目指し、信州大学医学部付属病院(長野県松本市)の高度救命救急センターで研修中だ。長女を預けたのは、病院内の認可外保育所。親が病院勤務であることが入所の条件だが、定員はいっぱい。小林さんは、別の女医さんが一時的にあけた枠を、借りるような形で長女を預けた。

 職場では、午前8時から症例検討会がスタート。午後6時ごろ、当直への引き継ぎを終える。その後も、同センターに救急搬送されてくる重症患者の対応などに追われる。当直は免除されているが、ほぼ12時間勤務。小林医師は授乳もあり、「平均睡眠時間4〜5時間ほど」という。

 この日は、長女の4カ月健診で職場を数時間あけた。救急担当とあって、保健所に健診を早く終えられるよう掛け合ったり、職場に連絡をしたりと落ち着かない様子だった。こうした毎日について、小林医師は「体力的にはつらくないが、職場や家族に負担をかけているのではないかと、頭の中はいつも綱渡り状態。いつまで仕事が続けられるかという不安は絶えずある」ともらす。

 夏には研修を終え、産婦人科に入局予定だが、そのころには、保育所を出る約束。代わりの保育所が見つからなければ、「一時、離職することも考えなくてはいけない」という。

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 長野県では、産婦人科や小児科医が減り続けている。分娩(ぶんべん)施設は68カ所から50カ所に減少。女性医師の復職支援は、医師確保の大きな柱だ。県はこの1年、現役女性医師の協議会や医師確保対策室などを設け、女性医師の復職に必要な対策を探ってきた。小林さんのような存在は「のどから手が出るほどほしい人材」という。

 取り組みの中核になるのが、県内唯一の医学部付属病院がある信大。同大は一昨年、「地域医療人育成センター」を設置し、復職希望の女性医師をはじめ、医師のIターン、Uターン相談に乗ってきた。同大産婦人科医局でも、平成13〜18年度の入局者21人のうち、17人が女性。2〜12年に入った女性医師24人では10人が産休・育休中で、6人が県外に移り、県内常勤者は8人で、危機感は高い。

 離職した女性医師の相談に応えようと、一昨年、東京女子医大は「女性医師再教育センター」を設置した。同大の川上順子教授は「一度離職すると、技術的精神的な不安から、現場を離れてしまう可能性が高くなる。復職支援も大事だが、そもそも離職させない努力が必要だ」と指摘する。

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 小林医師のいる高度救命救急センターには、もう1人、ママさん医師がいる。5歳と2歳の子供をもつ麻酔科医、羽田佐和子さん(36)=仮名=で、週3回、夕方まで勤務する。結婚後、数年間現場を離れた。いったん復帰したものの、「技術に自信が持てず、マニュアルに頼っている自分に気づいた。自分の治療に危険を感じ、再び現場を離れた」と話す。

 半ばあきらめていたが、医師不足から職場を離れた女性医師の登用が話題になった昨年、チャンスがあればと、九州の母校で半年間研修。そこで夫の勤める信大の職場を紹介された。引き受けたのが、同センター長の岡元和文教授だった。岡元教授は「当初、センター内でも現場を離れていた女性医師がどこまでできるか不安視する声はあった」と振り返る。

 しかし、救急の現場は交代勤務が可能で、パートタイムの医師を受け入れる素地がある。たとえ、昼間帯だけの勤務でも、ほかの医師らはその間休める。受け入れてみれば、実戦の感覚を取り戻し、現在は週に1回、本業の麻酔科医としても手術に立ち会う。今はセンター内から「もっと採用してほしい」と要望が上がるという。

 他県出身でも、同センターで“再スタート”を切れば、将来、長野県に医師として残る可能性もある。岡元教授は「救急の現場で自信がつけば、専門科の医師として現場に戻ればいい。女性医師の登用で新しい人材確保の道が開けた。人数の比較的多い大学病院は、女性医師の支援の場になりうるのではないか」と話している。

(2008/05/05)