産経新聞社

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闘う女医さん(中)ワークシェア

3人の子供を育てながら常勤医として仕事を続ける長谷川医師(左)=長野市


 ■社会と職場の改善が必要

 医師不足に悩む長野県は、官学あげて女性医師の支援に取り組んでいます。パート医師を採用し、ワークシェアリングを試みる現場もありますが、女性医師からは社会の環境整備も含めた問題解消を、との声も上がります。(北村理)

 小児科医、長谷川京子さん(44)は3人の子供を育てながら、長野市の篠ノ井総合病院でフルタイムで勤務する。

 この日の午後は診療予定はなかったが、結局、急患などの対応に追われた。「今日は小学2年の末の子が熱を出して、家で1人で寝てるんです」。気になるが、勤務につくと、そうも言っていられない。

 長谷川さんも離職を考えたことがある。その時、上司から提案されたのが、育児をする医師同士での業務分担だった。常勤医の仕事1人分を2人で分け合えば、子供が急に発熱しても、もう1人が交代できる。いわば、医師版ワークシェアリングだった。

 スタートしてみると、病院側にもメリットがあった。常勤医は当時、男性医師2人と長谷川さんの3人。長谷川さんが激務でやめてしまえば、医師は減員になる。しかし、長谷川さんの負担を減らし、パート勤務を希望する女性医師を迎えた結果、勤務医は4人に。男性医師が学会出張や休暇などで不在にしても、その穴を埋めることができるようになった。

 そうして3年を過ごしたが、パートナーだった女性医師が産休に入り、長谷川さんは再び、フルタイムの常勤に戻ってしまった。この間の経験について、長谷川さんは「今までは無理を感じれば離職を考えたが、今は、どう工夫すれば働き続けられるかと考えるようになった」と前向きだ。一方で、単純に仕事を分割しただけでは難しいことも実感したという。「分担したといっても、1人分の仕事を2人で割っただけ。会議が夕方から始まったり、未明の緊急呼び出しにも対応するのでは、仕事と家事や育児の両立は難しい」と振り返る。

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 家庭を持ち、子育てをする女性医師が働き続けるには、「当事者間の時間のやりくりだけでは限界がある」というのは、東京女子医大の片井みゆき准教授だ。

 片井准教授は、長野県が女性医師の働く環境を整えようと作った「女性医師ネットワーク協議会」に参加し、信州大学医学部での女性医師支援をサポートしている。医学生のほぼ半数が女性である米国の例をあげ、「男女を問わず、多忙な医師が家事、育児と仕事が両立できるような環境が社会的に作られている」と指摘する。

 例えば、勤務医が全員参加する会議は、夕方5時までに行われる。また、学校行事などは、勤務時間帯を避けて夕方などに設定されるのが一般的で、仕事を休まず参加できる工夫がされているという。

 ところが日本では、夕方から始まる会議が珍しくない。PTA活動や保護者会も日中の開催が多い。子供が多ければ、その分、やりくりも大変になる。長谷川さんも「夕方の会議に出て、その後に家事をすれば、子供に食事をさせるのは9時ごろになってしまう」と話す。

 家族や職場への気兼ねが精神的負担になれば、離職への引き金にもなりかねない。

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 夫も医療職というカップルでは、影響も増幅する。長野県内のある女性医師は、新生児を含め3人の子供がいる。ところが、復帰に当たり、保育所に子供を預けられなかった。医療系の技術者である夫が仕事を休み、育児をしているという。女性医師はパート勤務を希望したものの、職場と調整がつかず、結局、辞職したという。

 育児中の女性医師3人をパートで受け入れている同大学医学部麻酔蘇生学講座の川真田樹人(みきと)教授は「夫婦共倒れになりかねないケースまである。医師不足といいながら、育児中の女性医師に保育の機会を与えなかったり、パート勤務の希望を受け入れなかったりすることで、結果的に地域から医師を流出させている」と指摘する。

 育児をしながら現場にとどまる長谷川さんは、今後の課題について「院内保育所の整備などは不可欠。さらに、勤務形態の選択肢を複数用意し、働く側が環境や条件に合わせて選べるようにならなければ難しい」と指摘する。そのうえで、「子供が病気になったり、学校行事があったり、母親業は日々状況が変化する。その対応はなかなか難しいけれど、せめて上司であれ先輩医師であれ、その都度の悩みを理解し、受け止めてくれる場所がほしい。そうしたことも離職防止につながるのではないか」と話している。

(2008/05/06)