産経新聞社

ゆうゆうLife

早く、切れ目なく 成功する脳卒中リハビリ(上)

救急搬送された翌朝、歩行リハビリを受ける脳卒中の患者(右)。リハビリの早期開始で、日常生活に復帰する道を開く=杏林大学医学部付属病院


 □急性期

 ■新薬、チーム医療で翌朝から

 年間40万人が発症するといわれる脳卒中。最近は、ごく早い時点から、集中的にリハビリをすることが、有効な治療法とされています。早期リハビリは後遺症を減らし、寝たきり防止になるため、医療費削減の意味でも重視されています。そんな早期リハビリの現状を3回にわたってお伝えします。(佐久間修志)

                  ■□■

 初夏を思わせる日差しが差し込む5月初旬。心電図のモニター画面が並ぶ集中治療室の一角で、70歳代の男性患者が体をベッドから起こそうとしていた。

 男性は前日、脳卒中で杏林大学医学部付属病院(東京都三鷹市)に救急搬送された。まだ発症から丸1日もたたない。ひと昔前なら「絶対安静」の病状だが、同病院は2年前から、この急性期段階でリハビリを始める。

 理学療法士(PT)が心電図モニターの波形を見ながら慎重に男性の体を起こし、「歩いてみましょうか」と声をかけた。男性は半信半疑でベッドから腰を浮かせ、介助を受け、ベッド周辺を移動した。約30メートル。口元に笑みが浮かんだ。

 「母親が以前、脳卒中で息を引き取ったんです」と男性。病院で自分が脳卒中と知った前夜は、不安に押しつぶされそうだったという。それだけに「歩くことができてほっとしました」。ベッドに戻ってからも声が弾んだ。

 同病院脳卒中センターの山田深副病棟医長は「血圧や心電図の波形が安定しているなどの条件付きですが、こうしたリハビリは珍しくありません」と説明する。「以前なら、安静にしろ、リハビリなんて無理と言われたでしょう。でもリハビリは今や、病状が落ち着いてからの処置ではなくなったのです」

                  ■□■

 長年、脳卒中は比較的長期の安静が必要とされていた。だが、厚生労働省のリハビリテーション研究会が平成16年にまとめた報告書で急性期でのリハビリが有効と指摘、脳卒中治療にかかわる5学会も同年、「治療ガイドライン」で早期リハビリの必要性を明記。脳卒中リハビリは転換を迎えた。

 加えて、脳卒中の原因になる血栓を溶かして血流を再開させる新薬「t−PA」が17年に保険適用され、後遺症を軽度に抑えられるケースが増加。早期リハビリの流れを決定づけた。今年度の診療報酬改定でも、発症後3時間以内などのt−PA使用に加算がついている。

 積極的なリハビリのため、「ガイドライン」が推奨するのは、脳卒中にかかわる診療科の医師や看護師、PTらで構成する専門チーム「ストローク・ユニット(SU)」の構成だ。診療科や職種の垣根を取り払い、リハビリをスムーズに取り入れる。杏林大病院も18年、「脳卒中センター」を設立、SUによるチーム医療を行っている。

 同センターのPT、門馬博さんは「リハビリは開始が早いほど、危険はあるが効果も大きい。SUによりリハビリ介入時期の見極めが進んだ」と話す。スタッフ間で情報交換を密に行い、リハビリで歩けた患者には看護師も車いすを使わないなど、「看護とリハビリに一貫性が生まれる効果もあった」という。

 急性期リハビリの効果は大きかった。センター開設後、入院からリハビリ開始までの日数は6・5日から1・7日に短縮。入院期間は36・3日から18・9日に縮まった。

                  ■□■

 t−PAから早期リハビリにつなげる治療は効果絶大だが、それには脳卒中の早期発見が欠かせない。急性期の患者を扱う病院では、市民の啓蒙(けいもう)活動にも力を入れている。

 今年から脳卒中センターを開設した河北総合病院(杉並区)は、2月から毎月、「脳卒中を知る会」と題する市民向け勉強会を行う。脳卒中は自宅近くの病院に搬送されるケースが多いことから区内限定で始めたが、毎回、告知後すぐに定員に達する人気だ。

 「脳梗塞(こうそく)の初期症状は手足のしびれが多いが、多少のしびれでは受診しない患者さんも多い」と話すのは清水秀昭診療部長。このため、「知る会」では、「疑わしい症状が出たら、すぐに受診するように」と呼びかける。

 「どんなにt−PAが優れていても、有効なのは発症から3時間以内。病院には2時間以内に来てほしい」。患者がチーム医療の一員である必要性を説き続けている。

                  ◇

【用語解説】脳卒中

 脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などの総称。手足のまひや言語障害などの後遺症を引き起こす。国内の死亡者数はがん、心疾患に次いで多く、年間13万人。発症直後に手術や薬物治療などで病状の安定を図る「急性期」、リハビリで身体機能を回復させる「回復期」、自宅や介護施設などで身体機能を維持する「維持期」の区分がされ、区分ごとに医療施設が治療の分担、連携をする。

(2008/05/19)