産経新聞社

ゆうゆうLife

65〜74歳 障害者の選択(下)


 □高齢者医療制度の中で

 ■医療費助成を受けるのに… 新制度への加入強制?

 医療機関にかかる機会が多い障害者にとって、医療費の窓口負担がどうなるかは死活問題です。窓口負担は一般に1〜3割ですが、重度障害者の場合、都道府県と市町村が行う「医療費助成」で無料の人も多数です。65歳〜74歳の障害者の場合、後期高齢者医療制度への加入は本来任意。しかし、栃木県をはじめ10道県が新制度への加入を医療費助成の要件としており、「事実上の強制加入」と、見直しを求める声が国や障害者団体からあがっています。(横内孝)

 栃木県上三川町の直井一郎さん(71)=仮名=のもとに新制度に関するお知らせが届いたのは昨年暮れ。「てっきり75歳以上の人が対象だと思っていた。いくら読んでも、難しくてよく分からなかった」という直井さんは、近くに住む娘を呼んで説明してもらい、「ようやく自分もその対象者であることが分かった」と頭をかく。

 直井さんは58歳で人工透析を始め、現在週3日、4時間の透析を受ける。年金暮らしを気遣う息子の計らいで、直井さんと8歳年下の妻は長男の勤め先の健康保険の被扶養者。これまで保険料は払っていなかった。

 人工透析の総医療費は年500万円かかる。直井さんの窓口負担は本来1割だが、収入の少ない身体障害者を対象にした国の制度で、窓口負担の上限は月に2500円。さらに、県と町がその負担を医療費助成で肩代わりしている。県は昨年4月から一部自己負担を求めたが、上三川町を含む半数の市町がこの分の補助を決定。直井さんの自己負担はないままだ。

 「お役所が決めた制度だし、何より医療費助成を受けるには『後期に加入する必要がある』といわれ、迷いようはなかった」と直井さん。

 直井さんにとって、新たに負担する保険料以上に、自治体の医療費助成が受けられなくなることの方が深刻だからだ。新制度に移らず、助成が打ち切られると、人工透析などに月額2500円の窓口負担が生じるだけでなく、それ以外の病気で医療機関にかかれば、窓口で1割を負担しなければならなくなる。来年度以降は2割となる見通しだ。

 直井さんは息子夫婦と孫との5人暮らし。生活は年約124万円の年金が頼りだが、「同じ敷地内に息子夫婦がいるので、何かと心強い」。

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 国は新制度で、これまでサラリーマンの子供などの被扶養者で、保険料を払っていなかった人を対象に、保険料を軽減する「激変緩和措置」を設けた。制度加入から2年は所得割はゼロ、均等割を半額。その後、追加軽減策で今年9月までは負担ゼロ、10月〜来年3月は均等割の1割になった。

 今年度、直井さんの保険料は半年分で1800円(月額300円)。21年度は低所得者向けの軽減措置が適用され、均等割の7割減で1万1300円(月額約940円)になる。「これぐらいであれば、(負担も)しようがない」と話す。

 直井さんの保険料が比較的少なく済みそうなのは、息子と同居でも、世帯主が直井さんだから。後期高齢者医療制度では、保険料は個人単位。軽減対象かどうかは、世帯主と世帯の被保険者の所得の合計で判定される。

 直井家の世帯主は一郎さん。共働きの息子夫婦と孫、一郎さんの妻は被用者保険だから、世帯に新制度の被保険者は一郎さんひとり。加えて、79万円の障害年金は非課税で、所得にカウントされないからだ。同じ家族構成でも、仮に世帯主が息子なら、直井さんの保険料は来年度、1万8900円、保険料改定がなければ再来年度は3万7800円となるはずだ。

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 新制度への加入を医療費助成の要件としたのは栃木、北海道、山口、福岡など10道県。自治体にとっても、助成対象者が新制度に加入してくれるかどうかは大きい。新制度の窓口負担は1割。しかし、対象者が国保や被用者保険なら、65歳〜69歳で3割、70歳〜74歳で2割(20年度は1割)。対象者がどの医療保険にいるかで、自治体の負担割合が重くなるからだ。

 栃木県腎臓病患者友の会の竹原正義会長は昨年末、県難病団体連絡協議会とともに県の方針撤回を求めた。「任意の加入を強制するのは、差別以外の何物でもない。難病患者にはぎりぎりの生活をしている人もおり、保険料負担の少ない方を選びたい」と是正を求める。厚生労働省も全国47都道府県とその広域連合に「(新制度への加入を医療費助成の)条件とするのは自治体の判断だが、どんな対応が取れるか、十分ご勘案いただきたい」と、再考を促した。

 「医療費助成はあくまで自治体独自の事業」としてきた10道県だが、山口県の二井関成知事は5月末の定例会見で「新制度に加入しない人も助成対象に含める方向で早急に見直す」と表明。栃木県も「6月中旬までに県内市町の意向を確認し、新制度への加入要件を改めるべきだとの意見が大勢を占めれば見直しを検討する」としており、見直しの動きが出始めている。

(2008/06/04)