産経新聞社

ゆうゆうLife

リビング・ウィル 終末期をどう生きるか(上)

高齢の患者から日々の不安も聞く英医師。パソコンに記録、助言を添えて印刷し、患者に手渡す


 □相談支援料

 ■治療方針話すきっかけに

 後期高齢者医療制度で、終末期の治療を選択する「終末期相談支援料」が注目されています。高齢者に死を迫ることになりかねないと批判されていますが、今後、団塊世代の高齢化で「大量死時代」を迎えるなかで、終末期についての治療の意思確認は避けて通れないとの意見も出始めています。(北村理)

 「終末期の治療について事前に相談し、書類に明記しておきたいのですが」

 東京都新宿区で在宅ケアを手がける「新宿ヒロクリニック」の英裕雄(はなぶさ・ひろお)院長は、10年来のつきあいの患者家族から、こう持ちかけられた。

 患者は都内に住む80歳代の独居女性。息子の大川良一さん=仮名=は「後期高齢者医療制度に、終末期の相談支援制度ができたと知り、必要性を感じて相談したら、母も希望した」と話す。この制度は、患者本人が終末期にどんな治療を受けたいかを、家族や医療関係者と事前に情報共有し、文書にする仕組みだ。

 大川さんはその理由を、「母は寝たきりで話せなくなったとき、過度な延命治療を望んでいない。終末期治療をめぐって親族間のトラブルを避け、母の意向をまっとうさせるには、意識がはっきりしているうちに記録に残しておけば、安心できると思った」と話す。

 大川さんは、他の親族や知人の看取りで、患者が帰宅を望んでいたのに、意思に反して病院で延命治療が続けられたり、モルヒネによる痛みの軽減を望んだのに、家族の意向で中断されたことなどを目の当たりにした経験がある。終末期治療には本人の明確な意思表示が必要と感じていた。

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 こうした話し合いの末に意思確認をして文書にした場合、後期高齢者医療制度では診療報酬として「終末期相談支援料」がつく。「高齢者に死を迫る制度」と評判が悪いが、英院長は「高齢者は体の衰えから日々、死を目前にした不安を感じており、医療者は治療のみならず、精神的な不安感を取り除く努力が必要とされる。が、現場の多大な労力を要するこうした部分に、今までは評価の目が向けられなかった。意思確認は本来、後期高齢者だけでなく、高齢者すべてに必要なこと。制度として裏づけをするのは悪くない」と評価する。

 同クリニックは現在、都心を中心に約400人の在宅患者を抱え、常勤医8人を含む18人の医師が持ち回りで診療や往診にあたる。

 英院長は平成8年から在宅ケアを始めた。医師は当初、ひとりだったが、需要が増えるにつれ、グループ診療に移行した。「来るものは拒まずで医師を募集したが、全員が在宅ケアの経験が豊かなわけではなく、質がまちまちで、患者からの評判が良くなかった時期もあった」という。

 そこで、英院長は在宅ケアのためのカルテを作成し、診療方針を標準化した。カルテづくりでは、患者や家族が療養生活で何を不安に思い、どうすれば安心できるかの聞き取りを前面に出した。さらにこの点について、毎日、診療や往診の前に申し送りの会議を開き、クリニックとして共通認識を持つようにし、患者の不満を解消した。患者や家族には、診察結果や医師のアドバイスを記した「診察レポート」を毎回、手渡す。

 こうした経過を経て、患者や家族の理解を得ながら、「将来について、絶えずイメージしやすい情報提供を行っている」という。

 しかし、それでも、患者本人から、死の直前の治療について積極的な要望が出ることは少ないという。「ふとした機会に、漠然とした希望を口にするケースが多く、それについてあえて話し合うという場面はあまりない」のが現実という。

 冒頭の女性も、家族の提案で意思表示を決め、家族も「英院長への信頼があったからこそ提案した」と話している。

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 「もともと日本人の死生観として成り行きに任せる所があるが、まして近年、病院死が多く、身近に死を見ない。医療技術の高度化で生きることが当たり前となっており、終末期について患者本人に選択を迫るのは容易ではない」というのは、飯島節・筑波大学人間総合科学研究科教授(老年病学)だ。

 飯島教授が終末期の希望について聞き取りを行っている特別養護老人ホームを調べたところ、昨年まで10年間の退所者138人のうち、本人から明確な意思確認ができたのはわずか10例だったという。

 同教授は「看取りには、患者や家族、医療者など、関係者の情報共有とスムーズな意思疎通が不可欠だが、看取りの場では必ずしもそれが十分だったとはいえない。今回の制度で、そうした話し合いが促進されるきっかけとなるのであれば、よいと思う」と話している。

(2008/06/10)