産経新聞社

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勤務医が辞める理由(上)


 ■厳しい労働に評価低く

 全国の病院が医師不足にあえぐなか、医師増員の必要性が指摘されています。しかし、1人の医師を育てるには長い時間がかかります。「まず、医師が何を求めているかを知るべきではないか」との声が上がっています。(北村理)

 「大学病院をやめて、開業しようかと考えてます」。ある地方大学の病院勤務医(40)は言う。

 同じ診療科の同期生らは、多くが開業した。開業した仲間の年収は勤務医時代の2、3倍。開業医が休みを取れ、外車に乗るのを横目に、この勤務医は「医師不足に悩む地域医療のため」と、踏ん張ってきた。

 大学病院では現在、月5回の当直がある。子供が生まれたばかりだが、休日は月に2、3日取れればよい方。年収の総額は1000万円と、勤務医の平均レベルだが、収入の半分以上を他病院での非常勤の外来などが占め、不安定だ。

 このまま勤務しても、大学病院での給料の伸びは見込めず、退職金もない。教授ポストをめぐる医局の人間関係の煩わしさや、日々の業務の精神的負担を考えると、時間の喪失感を覚える。「今後は患者さんにじっくり接し、患者さんの喜ぶ顔が見たい」と言うが、現状は研究も臨床も中途半端で、将来に不安を感じるという。

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 医師には一般に“高給取り”のイメージがあるが、日医総研のデータによると、勤務医の収入は決して多いとはいえない。しかも、医師が一人前になるには、長い時間と費用がかかる。この医師は6年の医学部教育を終え、医師免許を取り、30代半ばまで大学院や留学先の研究施設などで研鑽(けんさん)を積んだ。医療が高度化、多様化する今は、なおさらこうした機会が必要だ。

 ところが多くの場合、その費用は自前。「アルバイトで稼いでは、勉強にあてる自転車操業です」(冒頭の勤務医)という。

 ある外科医は、がん研究のため、国内トップクラスの専門病院で先端医療を学ぼうとしたところ、「初年度は無給」とされた。病院側にすれば、「手術や入院患者の処置も勉強の場」というわけだ。この外科医は「家族の生活費も含め、それまでの貯蓄を取り崩し、1年で約1000万円かかった」という。研究で成果を上げ、海外で学会発表もしたが、渡航費や滞在費約50万円も自己負担した。

 海外留学で1000万円程度を自己負担するのは「よくあるケース」とされ、実家からの仕送りで生活する医師も少なくないという。

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 今年、「医者のしごと」(丸善)を出した聖路加国際病院の福井次矢院長は「医師は一人前になるまでの教育期間が長く、その後も最善の医療を提供するために、一生勉強を続けなければならない」と指摘する。人の命を扱う医師が育つには、相応の時間と費用がかかる。しかし、そのことが理解されておらず、ふさわしい待遇もない。

 医師の待遇について、福井院長は「日本では診療報酬が低く、病院収入は外国の病院に比べて格段に低い。それでは、過酷な労働に対して満足な報酬も払えないし、医師をサポートする人材も雇えない。一方でこうした医師を取り巻く環境への理解は進んでおらず、国民の要求は年々高まっている。それで現場が疲弊する悪循環に陥っている」と指摘する。 

 医師不足の病院にアドバイザー的な役割をする伊関友伸・城西大学准教授(行政学)は「やりがいを感じるうちは、医師は報酬にかかわらず働く。しかし、医師不足が顕著な地域では、行政や患者が医師の勤務実態を知ろうともせず、時間外やコンビニ受診など、過剰な負担でつぶしてしまっている」と分析する。そのうえで、医師を招く条件について、「やりがいを感じてもらう仕掛けが必要。高い報酬を設定するのもひとつだが、それだけでは定着しない。地域がどんな医療を求めているか、そこでどんな技量向上が見込めるか、医師に示す必要がある」と主張する。

 大学病院の医局で医師派遣の窓口となっているある医師は「待遇改善を要求しても、病院に熱意が感じられなければ、医師不足を理由に紹介を断ることもある。限られた人材を有効に生かすことが必要ですから」と打ち明ける。

 医師増員の機運が高まっていることについて、伊関准教授は「まず、医師が今、なぜやめていくかを分析する必要がある。数だけ増やしても、相変わらず、医師は都会にはいても、地方にはいないなどの偏在を助長するだけではないか」と話している。

(2008/07/15)