産経新聞社

ゆうゆうLife

勤務医が辞める理由(中)

ある調査によると、勤務医の9割が宿直明けの勤務をこなしている(写真はイメージです)


 ■患者の感謝があれば…

 勤務医が病院を去る理由は、待遇面の不安だけではありません。当直明けも深夜まで勤務が続く状況や、事務仕事の煩雑さも要因になります。多くの要因が絡み合い、容易に解決しがたい問題となっていますが、勤務医は「せめて患者さんの理解があれば救われる」とも言います。(北村理)

 その日の午後、医師は青ざめた顔をして現れた。

 「患者の急変で明け方にたたき起こされましてね」。そのまま、外来と病棟の勤務につき、取材の合間も患者への処置が続いた。

 医師は東京都内の私立病院に勤務している。「年中、こんな調子です。50歳を前にさすがに最近、体の動きが鈍くなってきました。待ってくれている患者さんのことを考えると、こんなことではいけないと思うのですがね…」

 若手の常勤医はここ何年も増えず、同年代の医師が交代で当直、外来、病棟、在宅診療とフル回転している。「6月までの半年間で休みは3日だけ。親族の葬式の日にも、病院から頻繁に連絡が入りました」

 人手不足で勤務はきついが、収入は悪くはない。ただ、「こんな勤務がいつまで続くのかと思うと、漠然と不安になるときがあります」

 そんな折、医師不足の郷里から、転職の誘いが来るようになった。帰省のたびに地元の市長が声をかけてくるという。しかし、勤務医を続けるかぎり、どこへ行っても、負担感は消えそうもない。自然豊かな僻地(へきち)の診療所で働く夢も頭をもたげる。これからの自分にとってのやりがいは何か、自問自答する日々だという。

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 「病院勤務の医師の5割が過労により退職を考えた」。日本医療労働組合連合会は昨年、こんな調査結果(回答1036人)を発表した。同連合会によると、4割以上の医師が「健康不安・病気がち」と回答。「慢性疲労状態」と答えた医師は6割にのぼった。「調査前月の時間外労働時間」の平均は計63時間。96%が「宿直明けも勤務」し、3割超が「(過労死として労災認定される基準の)80時間以上」の時間外労働を行う。休暇は月平均で3日。27%が調査前月の休日はゼロだったという。 また、日本外科学会の調査では、外科医のほとんどが「当直明けに手術をした」と答えている。連日5時間睡眠で「手術の最中に居眠りをしたことがある」という外科医は開腹手術の介助をしていて、一瞬の居眠りで手が滑り、あやうく臓器を傷つけそうになったことがあると告白する。

 手術は執刀医を中心にグループで管理するため、1人の居眠りが事故につながる可能性は低いが、外科医は「過労が恒常化しているので、現場はマヒ状態だ。どの医師も異を唱えようとしない」という。

 非常勤で外来のみを行う道を選んだ30代の放射線科医は常勤を辞めた理由について、「深夜であろうと鳴る携帯電話に睡眠障害になった。どの病院も、医師へのサポートは不十分で、すべての作業が医師に集中しがち。特に、人数が少ない科の医師は孤立しがちだった」と話す。

 前述の日本医療労働組合連合会の調査では、30ー40代の6割が「職場を辞めたい」と回答している。

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 医師の疲労感を増すのは、人手不足による睡眠不足だけではない。患者への説明責任が求められるようになり、治療承諾書など書類の作成業務が大幅に増えたことも過重労働につながっている。

 厚生労働省が、3年以上同じ病院に勤務する医師を対象に調査したところ、7割近くが「3年前より勤務負担が増えた」と回答した。

 NPO「医療制度研究会」を創設し、医療現場の窮状を訴えている本田宏・済生会栗橋病院副院長は「米国では数人がかりでする作業を、日本では医師が1人でしている。医師の増員だけでなく、医療者全体の規模を大きくする必要がある」という。栗橋病院の職員数は日本ではごく平均的だが、310床で474人。これに対して、米国のある350床の病院では2011人だった。医師は栗橋病院の47人に対して、米国では371人と8倍近かった。

 本田副院長は「環境を整えるには時間がかかるが、今すぐ効果があるのは、患者さんの協力だ」と指摘する。栗橋病院では、主治医が看取(みと)りの場に遅れ、家族に土下座を求められたことがあるという。「医師を取り巻く環境は厳しいが、患者さんの感謝があればやっていける。それが裏目に出たときほど医師は精神的にダメージをうける。医療資源には限界があること、医療には予測できない面があることを理解してもらうだけでも、医師は救われる」と話している。

(2008/07/16)