産経新聞社

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勤務医が辞める理由(下)

藤本晴枝さん(左端)ら住民と情報交換する平井愛山・東金病院長(左から2人目)=千葉県東金市


 ■大学頼りから住民協力へ

 勤務医が病院から去り、地域の拠点病院が閉鎖の危機に直面しています。こうした状況のなかで、市民が病院と協力して、医師を呼び込む活動が始まっています。病院だけでなく、地域医療全体に良い影響をもたらす活動もあるようです。(北村理)

 「これまで、お医者さんは、病院があればいても当たり前の、空気のような存在だと思ってました」。大阪府阪南市の連合婦人会会長、吉岡宏子さん(65)は振り返る。今は毎日のように病院を訪れ、「外来や入院の患者が増えているかどうか、心配するほどになった」という。

 阪南市立病院は昨年7月、内科の常勤医5人が退職し、内科診療が休止。一時は閉院の危機も取りざたされた。これまでは隣接する和歌山県の県立医大から医師が派遣されていたが、同県も「和歌山市以外は全国平均を下回る医師不足。医師を大阪府に派遣する必要があるのかという声が高まった」(同県)という。

 以降、「病院がつぶれると、高齢化している市民の生活崩壊につながる」と危機感を持った吉岡さんらが、病院職員らと医療を考える公開討論会を開いたり、ビラを配ったりし、市民に理解と協力を呼びかけた。

 こうした動きに「熱意を感じた」という医師らが集まり、今年4月に全診療科で休止していた新規の入院を一部再開。9月からは内科も常勤医を迎え、再出発が決まった。常勤医となった松岡徳浩医師は少ない医師でも対応できるよう、内科も外科も幅広く患者を受け入れる「総合診療」の導入を提案した。

 同市は医師招聘(しょうへい)のため、報酬を年額1000万円程度から2000万円へ倍増したが、松岡医師は「総合診療を設けるなどの現場の提案を、経営母体である阪南市は受け入れ、市民も理解してくれた。報酬も大事だが、行政や市民の理解があれば、医師は取り組む動機を持ちやすい」と評価する。

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 「住民の声を直接、医師に伝えることの効果の大きさを実感している」というのは、医師不足に悩む千葉県東金市の主婦、藤本晴枝さん(43)だ。藤本さんが代表を務めるNPO「地域医療を育てる会」は、地元の県立東金病院の研修生ら若手医師を対象に、コミュニケーション能力を磨く研修を実施している。

 研修では、若手医師が市民に「糖尿病について」など、医療の講話と質疑応答を行う。その後、市民が医師のコミュニケーション能力を採点する。説明が分かりやすいかどうか、声の大きさ、話す態度もチェックされる。東金病院の平井愛山(あいざん)院長も市民の意見を踏まえ、若手医師と改善に頭を悩ます。平井院長は「素人の患者さんに指導を受けることに、はじめは戸惑った医師も、技量アップにつながると好意的のようだ」という。

 こうした活動は、同病院に医師を派遣していた千葉大学医学部が医師を引き上げ、同病院が閉鎖の危機に直面したことから始まった。平井院長は全国を飛び回り、「当院に来れば地域医療を学べる」とアピール。藤本代表らに医師勧誘にも同行してもらったという。「専門医療もなければ、高度な施設もない。だからこそ、患者さんとの接し方のノウハウを蓄積していること、多くの疾病の中から最初の診断ができるプライマリーケアの場であることなどをアピールした」という。

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 住民が地域の医療崩壊の歯止めとなる動きは、全国に広がりつつある。兵庫県丹波市では、県立柏原(かいばら)病院の小児科が休止に追い込まれそうになり、昨年、地元の母親らが「柏原病院の小児科を守る会」を発足させ、「コンビニ受診をやめよう」などと住民に呼びかけた。

 その結果、同病院の小児救急患者は半減。昨年末には、他病院の小児科患者も受け入れるまでになった。病院側は「守る会の理解や協力がなければ、柏原病院の小児科は確実に消滅していた」と異例の声明を公表した。2人だった小児科医は今や5人に増加。小児科医不足に悩む地域の他病院に医師を派遣もする。

 東金病院の平井院長は「医師の供給システムは、これまで大学からの派遣に頼りきっていたが、(研修医が研修先を選べる)研修制度になって完全に崩壊した。これからの地域医療は、地域がどれだけ戦略的に医師を呼び込めるかにかかっている。地域で育てた医師は必ず地域に戻ってくれる」と地域の医療機関と住民連携の必要性を訴える。

 阪南市民病院も11日付の市民への案内で内科診療再開を告げ、「医師招聘に、あらゆる可能性を駆使して行動し、信頼によるネットワーク(つながり)ができました。阪南市連合婦人会をはじめとする市民のご協力ご支援をいただき、さらなる医師招聘に全力で取り組みます」と記し、大学頼りだった医師招聘からの脱却を示した。

(2008/07/17)