産経新聞社

ゆうゆうLife

痛みを我慢しない(中)不足する看取りの場

緩和ケア病棟で患者を診る愛和病院の山田祐司院長。「より多様なニーズに応えたい」と話す=長野市


 がん患者の療養場所は、がん専門病院、一般病院、緩和ケア病棟や自宅など、多岐にわたります。患者のニーズも多様化しており、厚労省は、より多くの患者がケアを受けられるよう、緩和ケア病棟に地域の中核的な役割を果たすよう求めています。(北村理)

 「最後のわらをもつかもうという気持ちを、あそこまで踏みにじる必要はあるのでしょうか」

 首都圏に住む小坂井秀夫さん=仮名=は悔しさをにじませた。末期の乳がんと告知された妻(50)は、がんが骨に転移した痛みで歩行が困難になり、杖をついて、地元の公立病院の緩和ケア病棟を訪れた。

 これまで未承認薬も含め、可能な限り治療を受けてきたが、効果は乏しかった。「せめて痛みをとってもらい、最後まで健やかでいたい」と願い、主治医に緩和ケア病棟の紹介状を書いてもらったのだ。

 しかし、緩和ケア病棟の責任者は激しい口調で「さんざんやりたい放題して、最後のつけを回すんですか。あなたに、ここにくる資格はない」と言ったという。女性は間もなく、夫と子供に思いを残し、自宅で亡くなった。

 報告を聞いた主治医は「緩和ケア病棟の不足が、死ぬ間際の患者を選別させ、かえって苦痛を与えるほど深刻になってきたのか」との思いを強くしたという。

 最近、首都圏の緩和ケア病棟では、外来の予約は平均、1カ月待ち。外来から運良く入院が決まるまで、さらに1か月以上はかかる。

 緩和ケア病床は今年4月時点で全国に3534床。1年にがんで死亡する患者約30万人に対して、緩和ケア病棟を使える患者は2万人ほどだ。背景には、看取りの患者が多いため、在院日数が長引き、結果として、緩和ケア病棟で治療を受けられる患者が限られてしまう現状がある。

 この女性の主治医だった医師は「緩和ケア病棟はベッドがなくても、患者を追い返すのではなく、在宅やほかの施設で緩和ケアを受けられる方法を示すべきではなかったか」と話している。

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 ■緩和ケア病棟を地域の拠点に

 厚生労働省は今春の診療報酬改定で、緩和ケア病棟が、従来の「看取りの場」だけでなく、「地域の緩和ケアの拠点」となるよう、新たな機能を付け加えた。

 在宅療養を担う診療所と連携し、在宅の患者が急変した場合には、緩和ケア病棟が受け入れ先となったり、診療所の医師らの緊急の相談にも対応できる態勢整備を求めている。

 長野市の愛和病院は、同市唯一の緩和ケア病棟。今年2月、緩和ケア病床を16床から48床に増やした。48床は全国で福岡県の栄光病院、京都府の薬師山病院に続いて多い。

 改装したばかりの病棟はほぼ満床だが、以前と違う点について、山田祐司院長は「これまでは看取りだけでフル回転だったが、8床ほどを『緊急対応』に利用できるようになった」という。

 緊急対応とは、がん治療を行っている他病院からの緩和ケアの協力依頼、在宅で療養生活を送る人の一時預かりなどだという。

 現時点で目立つのは、病院からの依頼。他病院の緩和チームなどからも「がん治療をしているが、痛みのコントロールがうまくいかない」との相談が多い。患者を1〜2週間入院させて、その間に痛みに合う薬や用量などを決める。

 最近では、70代の男性が他病院から送られてきた。家族が「訳の分からないことを口走る」と病院に相談し、病院が愛和病院に治療を依頼した。山田院長が調べてみると、医療用麻薬の過剰投与で譫妄(せんもう)状態になっていた。量を減らし、1週間ほどで退院させた。山田院長は「適切な緩和ケアを受けていないがん患者が多いのではないか。今後、緊急対応で、より多くの患者が緩和ケアを受けられるような受け皿になっていきたい」と話す。

 しかし、在宅療養で、緩和ケア病棟が地域の中核的役割を果たすには、まだまだ課題は多そうだ。配置が地域によって偏りがあることも大きい。

 例えば九州では、緩和ケア病棟37施設のうち、18施設が福岡県に集中する。福岡県の病床数は東京都とほぼ同レベルだ。ここ数年で急増し、そのせいで治療を望む患者も増えた。しかし、ケアの質には格差があるようだ。“老舗”にあたる栄光病院には、他病院から移ってくる患者も多い。下稲葉康之院長は「今後、厚生労働省の言うような『緊急対応』が増えれば、これまでやってきた看取りのケアがおろそかになりはしないかと懸念している」と話している。

(2008/08/28)