産経新聞社

ゆうゆうLife

【ゆうゆうLife】外出したい街づくり 医療と福祉を予防する

 ■福祉施設の防災機能

 災害のとき、大抵の人は小中学校に避難する。自分が学んだり、授業参観に行ったりで、皆よく知っているからである。だが、学校の体育館で数百人が寝泊まりすれば、プライバシーがない。天井が高く、床は冷たく、トイレは外で遠い。阪神淡路大震災では、真冬の避難所で900人以上が亡くなった。

 一方、老人ホームなどに避難した被災者は皆、助かった。適度な広さで暖房もあり、塩だらけの硬いおにぎりは、かゆにして食べさせてもらえた。屋内にトイレがある。特別養護老人ホームや老人保健施設などはもともと、心身の弱った高齢者を支える施設だから、災害時に被災者の生命を守ることは、その延長線上にあった。

 だが、最大の被災地、神戸市では震災当時、例えば特養の高齢者人口に対する定員率が政令指定都市12市の中で最低だった。その上、こうした施設の多くは六甲山中にあり、被災者を救えなかった。

 平成19年3月の能登半島地震で、石川県輪島市門前町は震度6強の揺れに襲われたが、避難所での死者は一人も出なかった。門前町の8つの集落には、それぞれ立派な公民館がある。いずれも快適な20畳前後の和室が2〜4室、柔らかい布団、浴室、洋式トイレがあった。そこでは日常的な健康診断、転倒予防教室、敬老会、カラオケ教室などが行われていた。什器(じゅうき)のそろった大きな厨房(ちゅうぼう)もあり、近在の人が食事をとりながら歓談し、地域の高齢者に配食サービスもしていた。

 日ごろの活動で、住民の公民館への認知度は高く、人々は災害時に、まず公民館へ自然に集まった。

 門前町の「市立くしひ保育所」には、約100人が避難した。住民は孫の送迎などに来ていて、保育所をよく知っており、避難者同士も顔見知りなので、居心地はよかった。

 同じく特別養護老人ホーム「あかがみ」は29人を収容した。介護主任の小林育洋さんは「こんなふうに避難所として利用するとは思ってもみなかった」。ただ、ショートステイやデイサービスに来ていた人は心身の状態が分かっていて対応しやすいが、被災して初めて来た老人は、体の状態や認知症の程度などが分からない。「日常的に、ホームでの高齢者定期健診に来ていれば、このような不便は生じなかった」という。

 防災とは、まず日ごろから市民の生命や健康や福祉を守る施策に取り組んでいること。役所の防災対策担当課だけの仕事ではない。行政すべてと住民の日常的な活動にかかわっている。(神戸大名誉教授 早川和男)

(2008/09/03)