産経新聞社

ゆうゆうLife

介護と手をとる在宅医療(上)

「介護職の情報があると診断もしやすい」。在宅患者を診察する太田秀樹さん=9月上旬、栃木県壬生町


 ■医師は不信、介護側は萎縮

 病院ではなく、住み慣れた自宅で療養する「在宅医療」。最近は医療費節減の観点からも注目を集めていますが、患者が生活の場である自宅で療養するには、医師や看護師といった医療職が、介護職と連携して生活の質を高めることが不可欠です。こうした「多職種連携」の現状をリポートします。(佐久間修志)

 「川田さん(仮名)は、ここ数日で急に認知症が進みましたねえ」。電話越しに聞こえるケアマネジャー(ケアマネ)の声に、東京都内の在宅医、加藤守さん(55)=仮名=は言葉を失った。

 「川田さん」は、加藤医師が在宅で診ている患者で91歳。数日前、加藤医師に「急にATMの使い方が分からなくなった」と話したことなどから、加藤医師が脳出血を疑い、緊急入院させたばかりだった。

 「いつからこんな兆候があったんだろう」。疑問に思った加藤医師は、川田さんを担当するケアマネに問い合わせ、冒頭の言葉を聞いた。通常、認知症が数日で急激に進むことはない。川田さんはどうやら数日前から、脳出血の症状を示していたらしい。

 加藤医師は、こうした情報が伝えられなかったことにがくぜんとしながらも、ケアマネに配慮し、「今後は遠慮せずに、あなたが気づいた生活情報の提供をよろしく」と告げて、受話器を置いた。

 しかし、川田さんからもケアマネからもその後、何の連絡もない。退院したのかどうかも分からず、「状態が悪化したのかも」と気にする加藤医師。「ケアマネも認知機能の低下を単に『年だから』と思ってしまったのかも。もっと情報交換ができていれば…」と悔やむ。

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 「在宅医療では、患者さんのささいな変化に気づけるかがカギ。介護職と医療職の連携は不可欠だ」。NPO「在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク」の事務局長で、医師の太田秀樹さんは、医療と介護の連携の重要性についてこう話す。

 「医師が在宅で患者さんを診るのは週1回程度が多い。一方、介護職は頻繁に患者さんの様子を見ることができ、家庭環境や治療に関する患者さんや家族の意見も知りやすい。食欲がないとか、便の色が違うなど、介護職ならではの情報が病気の早期診断につながるケースも少なくない」

 だが、実際には、連携は十分とはいえない。国立長寿医療センター(愛知県)の調査では、在宅医療を24時間態勢で行う「在宅療養支援診療所」のうち、「複数の訪問看護ステーションと連携している」のは約9割。これに対し、介護サービスの要、ケアマネと「連携している」のは約75%だった。連携がとれない理由について、医師側からは「ケアマネの医療的知識が十分ではない」「勝手に自分で判断する」など、介護職への不信感をうかがわせる意見が目立つ。

 一方で、介護職は医療職の「敷居の高さ」を強調する。東京都に住むケアマネ(34)は、医師に患者のケアについて相談したとき、早口で医療用語を並べ立てられ、「ほかに何かある?」とぶっきらぼうに言われた経験がある。「話は分からないことだらけでしたが、忙しそうな雰囲気と、外来に列をなす患者さんを見たら、それ以上は質問できませんでした」とためいきをつく。

 介護不信による医師の言動が介護職を萎縮(いしゅく)させ、情報共有が不十分になった結果、トラブルが起き、さらなる介護不信を呼ぶ−。そんな悪循環があるようだ。

 太田さんは「在宅医療では、介護の視点からの情報は不可欠。医師が介護職を萎縮させ、連絡が来なくなっては意味がない」と医師側に配慮を求める。その上で、「介護職も遠巻きにしてはだめ。患者を自分の家族と思って、医師と粘り強く関係をつくっていくことが重要だ」と話している。

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 ■医師 ケアマネに時間設定 ノートなどで情報共有

 医師とケアマネの連携を促進するため、さまざまな取り組みが広がっている。中でも手軽さで注目されているのが「ケアマネタイム」と「連携ツール」。東京都も平成16年度に、モデル事業を実施した。

 ケアマネタイムとは、医師が「ケアマネからの連絡OK」として各自、設定する時間帯。この時間帯を介護事業所などに周知することで、ケアマネも医師と連絡を取りやすくなる。

 また、連携ツールとしては、医師がケアマネに入退院時の医療情報を伝える書類のフォーマットのほか、ヘルパーが日常の介護情報を書き込む「連絡ノート」がある。これらを使うことで、家族や医師、ケアマネが介護情報を共有する。

 20年2月現在、都内33自治体の医療機関に広がっており、介護保険課は「自治体の中にはこうしたやり方を“卒業”して、直接顔を合わせる連携を一層進めているケースもある。連携のきっかけになるのでは」と話している。

(2008/09/08)