産経新聞社

ゆうゆうLife

【ゆうゆうLife】外出したい街づくり 医療と福祉を予防する

時代小説ゆかりの地を訪ね歩く人々。好奇心が外出の原動力に=産経大江戸ウオーク


 ■外出を促す好奇心

 以前、「寝たきり老人は起こせる」というシンポジウムがあった。来日したデンマークの住宅大臣が「日本の寝たきり老人は“寝かせられ老人”。最大の原因は劣悪な住宅にある」と発言したこともあって、居住問題を専門とする私も呼ばれたのであった。

 討論になって、1人の女性が私に質問した。「私が介護している男性の寝たきり老人は『自分の人生で今が一番、幸せです』といわれる。そういう人を起こして、どうしようというのですか」と。どう答えたか記憶にないが、あとで考えてみた。

 日本人は日々の暮らしの中に、生きる楽しみや、生きがいとなる仕事や、人生の目標を持つという意識が希薄なのではないか。音楽会や芝居や映画に行く。囲碁、将棋、美術館、図書館通い、旅行、友人とのおしゃべり、社寺参り、ボランティア−。何でもよい。何かしたいという欲求が自己の内部で強烈なら、起きたい、外に出たいと思うだろう。「寝たきりが一番、幸せ」というような考えは出てこないはずである。そして、生きがいの喪失は寝たきりや認知症につながりやすい。

 目標をもって人生を生きている人は少なくない。だが、一般に勤労者の多くは若いころから仕事に埋没し、退職後はすることがない。地域の中で1人で行動できない。そういう人が何かのきっかけで寝たきりになったとき、幸せと感じる人が出てきても不思議ではない。

 政府は早くから「寝たきりゼロ作戦」「生涯教育」「生きがいをもつこと」を勧めているが、年をとってから急に「生きがいを持て」といわれても、困ってしまう。老人の人生観はそれまでの生き方の延長線上にあり、幼児、子供、青年期に好奇心を養う機会がなければ、老人になって何かをしたいという欲求は生まれにくいのではないか。

 小学校は中学へ、中学は高校へ、高校は大学へ、大学は就職の手段となり、職業人生を終えた後は何も残らない、という社会になっているのではないか。老人問題とは、高齢社会とともに、幼児期からの成長過程の問題でもある、と私は思う。

 「外出したい街づくり」というのがこの欄のテーマだが、肝心の高齢者がそうしたいと思わなければ、外出は困難である。やがて生じる高齢団塊世代などには、近くの大学で自由に聴講できるシステムなどがあれば、参加する人も多いのではないか。

 生きる意欲こそが、外出を促し、福祉の街をつくる原動力になると思う。(神戸大名誉教授 早川和男)

(2008/09/10)