産経新聞社

ゆうゆうLife

【ゆうゆうLife】外出したい街づくり 医療と福祉を予防する

ピアノ演奏後、祝福を受ける永井志づさん(あしや喜楽苑提供)


 ■よみがえったピアニスト

 老人福祉の課題はたくさんあるが、高齢者に大切なのは、長い人生で培った生きがいを維持し、継続させることではないだろうか。

 例えば、兵庫県芦屋市の特別養護老人ホーム「あしや喜楽苑」の入居者で、95歳の永井志づさんのピアノ演奏会は、その象徴的なできごとであった。

 あるとき、脳梗塞(こうそく)で半身不随、認知症もある入居者の一人が、音楽に合わせて指を動かしているのに、音楽療法士の道元ゆかりさんが気付いた。調べてみると彼女は元ピアニストで、国際的なソプラノ歌手の三浦環さんの伴奏を務め、指揮者の朝比奈隆さんと共演もしていた。平成7年の阪神淡路大震災で自宅が半壊し、9年に入居した。

 永井さんの人生を知った彼女はピアノに誘った。左手がまひしているので、右手だけの演奏は最初はうまくいかなかったが、辛抱強く待つと、やがて「あの曲を弾きたい」という言葉が聞かれるようになった。その後は速いスピードで勘を取り戻し、ショパンを弾いた。外国からの訪問者の前で演奏して喝采(かっさい)を浴びた。並行して認知症も軽快し、奇跡の復活を成し遂げた。そして、800座席の芦屋ルナホールで半世紀ぶりのピアノ演奏会が開かれ、人生の最後を美しくきらめかせた。

 グループホームに入居していた私の伯母は、隣接する市民農園の人たちに助言している間に認知症状が軽くなった。

 すべての人間には人生を生きて身に付いた能力がある。それを引き出すことは、高齢者の人格尊重の核心であり、高齢者福祉の神髄だと思う。

 スウェーデンの児童図書館で、隣接する老人ホームの入居者が人生体験を語っているのに出合った。子供たちは目を輝かせて聴いている。ここでは自分が主人公になれる。今までに一番、人気があったのは外国航路の船長の話だったという。

 中国・大連の有料老人ホームを訪ねて驚いた。入居者が働き、入居費用を半額にしてもらったり、賃金をもらったりしている。元コックは毎日、台所で食材の準備、元看護師長は入居者の人生相談。みんな背筋がしゃんとしている。王玉秋院長は「手厚いケアをするほど老人はぼけます」という。

 年をとれば、みんな障害を持ったり、認知症になったりする。それでも住み慣れた地域で安心して住み、自由に出かけ、交流し、自分の居場所と感じられるコミュニティーをつくること、それが本当の「福祉の街づくり」だと思う。私はそうした思いで各地を訪ね、その取り組みを「居住福祉資源発見の旅」(東信堂)にまとめたが、私の旅はまだまだ続く。=おわり(神戸大名誉教授 早川和男)

(2008/09/17)