産経新聞社

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問われるお産の質 産科医療補償制度(上)


 ■分娩料値上げもまちまち

 分娩(ぶんべん)が原因で発症した脳性まひ児の医療や養育を補償する「産科医療補償制度」。妊婦の登録が10月からスタートします。補償には、医療機関や助産所が妊婦1人当たり3万円の掛け金を払って、制度に加入する必要があります。しかし、登録や掛け金の支払いに伴う事務手続きが負担で、加入を迷う分娩機関も少なくありません。補償が始まる来年1月の出産から、分娩料の一斉値上げが見込まれますが、値上げ額はまちまちのようです。(北村理)

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 「当助産所は保険に加入します。ですから、保険の掛け金3万円と、加入に伴う諸経費2万円の計5万円を分娩入院費に計上する予定です」

 来年1月に出産予定の妊婦に、都内の助産所長である助産師はこう切り出した。この助産所の分娩入院費は現在、35万〜39万円。来年1月の出産から40万〜44万円になる。

 説明を聞いた女性(33)は「制度について知らなかったので、値上げは寝耳に水といった感じでした」という。初めての出産だが、「自宅からも職場からも近く、ケアが細やかで安心感がある」と、助産所を選んだ。費用が医療機関と比べて安かったのも理由のひとつ。「値上げが分かっていたら、様子をみて、値段も比較して場所を選んだかもしれません」と話す。

 分娩費用としては、公的医療保険から35万円の出産育児一時金が支給される。新制度導入により、分娩機関で入院費の一斉値上げが見込まれるため、出産育児一時金も掛け金分3万円の増額が決まっている。

 しかし、値上げの額はまちまちだ。先の助産所は5万円の値上げで、新たな妊婦負担は差し引き2万円。助産所では「制度加入で生じる妊婦への説明、登録、掛け金の支払いといった事務手続きのため、スタッフを新たに1人雇う」という。その経費を分娩数で割り、プラスアルファの値上げを2万円と決めた。

 こうした事情は、診療所や病院も同様。掛け金3万円を超える値上げを考えるところも少なくないようで、ある公立病院長は「公立病院はどこも、これまで分娩入院料が低かった。最低でも5万円は値上げしようと検討が進められている」と証言する。

 一方で、費用を抑えてきた分娩機関では、迷いもある。先の助産所は現在、40万円前後といわれる都内の助産所の中では割安。このため、5万円値上げしても、費用は平均水準にとどまる。しかし、「値上げしたばかり」という別の助産所の分娩入院費は40万円超。さらに値上げすれば、「費用が病院並みになってしまい、利用者の反発を招きかねない」。3万円超の値上げは極力避けたいが、「事務負担は確実に増える。現状の体制でやっていけるかどうか」と頭を悩ませている。

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 ■現場に大きな負担感

 出産では、医療介入の遅れなどで、分娩機関の過失に限らず、脳性まひの子供が生まれるリスクがある。これまでは、医療側に過失があれば、妊婦側は訴訟で賠償を受けられたが、過失がなければ、補償は受けられなかった。

 しかし、過失の有無は判断が難しく、産科をめぐる訴訟は多い。産科医不足の一因ともいわれ、新制度はこうした事態の解消もねらう。日本産婦人科医会は「障害をもって生まれた子供の家庭の負担軽減は、かねて産科医の間で必要性が訴えられてきた」と解説する。

 保険に加入している分娩機関で出産し、新生児が脳性まひで生まれた場合、分娩機関の過失の有無にかかわらず、一定の条件で1人当たり3000万円が新生児に支払われる。補償金支払いには、出生体重、出生時期などの条件があるが、認定は厚労省所管の第三者機関「日本医療機能評価機構」の専門家らが行う。原因究明も行い、再発防止につなげたい意向だ。

 年間約100万件の出産のうち、厚労省は補償対象を500〜800件程度と予測。補償金と同機構の事務費などを含め、掛け金を妊婦1人当たり3万円と決めた。

 ただ、加入するのも、掛け金を支払うのも、あくまでも分娩機関。毎月、分娩実績を集計し、掛け金を支払い、分娩料の未払いなどが生じれば、肩代わりも必要になる。分娩機関の中には、こうした手間や負担を嫌い、「まだ様子をみて加入していない分娩機関がある」(日本産婦人科医会)のが現状。9月中の加入が勧められているが、加入率は24日現在で病院・診療所が83・4%、助産所66・9%で、全体では81・2%にとどまる。

 同医会は「意外に、現場には事務処理などで負担感が大きかったようだ」としており、加入を呼びかけるとともに、掛け金の3万円を含む出産育児一時金が直接、分娩機関に振り込まれるような制度変更を厚労省に求めている。

(2008/09/29)