産経新聞社

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問われるお産の質 産科医療補償制度(中)

出産予定の妊婦に制度説明をする助産所スタッフ=東京都国分寺市


 ■データ管理に悩む助産所

 産科医療補償制度では、先天性などを除く脳性まひ児に補償が行われますが、補償の申請には分娩(ぶんべん)記録を提出しなくてはなりません。記録は、厚生労働省所管の第三者機関「日本医療機能評価機構」の委員会が原因究明と再発防止の調査も行います。しかし、こうした記録提出への抵抗感から、分娩の扱いをやめることを検討しているところもあります。(北村理)

 「実は、この制度を機に、分娩を取り扱うのをやめようかと考え始めています」。神奈川県の産婦人科診療所の院長はこう打ち明けた。

 この院長は、産科医不足にあえぐ神奈川県で、「少しでもお産を引き受けよう」と、助産師を多く雇い、助産師主体の分娩を続けてきた。助産師の活用は、産科医不足の対策として、厚労省も推進している。

 ただ、助産所での分娩は、妊婦が自由な姿勢でお産するのを介助する。モニター装着などは、「自然な出産を妨げる」と敬遠されがちだ。

 しかし、新制度では、分娩機関に分娩経過のデータ提出が求められる。脳性まひになった新生児が補償対象になるかどうか審査し、同時に事故の原因分析を行い、再発防止につなげるためだ。

 このため、「これまで以上に詳細なデータ管理が必要だ」と考える医師や助産師も少なくない。この医師は「ここへは、妊婦が自然な分娩を求めて来る。それができなければ、妊婦は減るだろうし、何より、助産師が辞めてしまう。そうなれば、分娩は維持できなくなる」という。

 制度スタートを前に、「分娩をやめたい」という声は、日本産婦人科医会や日本助産師会にも届いているという。医会は「明確な理由は不明」とするが、助産師会の山村節子東京支部長は「助産所はもともと、健康な妊婦さんで、子供の状態も良好なリスクの低いお産しか扱わない。助産師会としては、制度加入を勧めるが、『病院と同じ負担をしてまで、入る必要があるのか』と抵抗感を示す」と話している。

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 ■事故原因分析の一助に

 産科医療補償制度では、脳性まひ児が生まれた場合、補償の対象となるかどうかを審査するため、分娩記録の提出が求められる。審査の後、専門家らによる委員会で、さらに詳しい原因分析と再発防止策などが検討される。

 この際、日本医療機能評価機構から分娩機関には、原因分析や再発予防のために追加資料の提出に応じ、調査への協力が求められる。

 これに対して、東京都国分寺市で助産所を開業し、年間200人の分娩を扱う矢島床子さんは「データ収集に追われ、分娩行為の妨げとなるのではないか」と懸念する。

 こうした現場の疑問に対して、同機構では「これまで通りの記録の範囲内で審査や分析を行う」としており、また、日本産婦人科医会の石渡勇常務理事は「もともと高度な医療機能を持たない診療所や助産所に、今以上の機能は求められない。自然分娩を求める妊婦は今後、減らないので、機構で審査するメンバーには、助産師会にも参加を求めている」と理解を求める。

 同機構による分娩機関への協力要請の内容や、それに伴う現場の負担は「やってみなければ分からない」(日本産婦人科医会)のが実情。

 都内にある有床助産所の半数が集中する多摩地区で、助産所と連携するファウンズ産婦人科病院の土屋清志院長は「これまで詳細なデータを取っていなかった助産所にとっては、新制度でデータを求められるのは抵抗感があるかもしれない」と理解を示す。しかし、「分娩場所の不足を解消し、事故を減らすには、病院と診療所、助産所が話し合える共通のデータが必要だ。現場の不安は分かるが、試行錯誤しながら、同じテーブルで事故の原因分析をするなかで、お互いを理解できれば、連携を進める一助となる」とデータの必要性を訴える。

 また、医療事故で2人の子を亡くし、新制度の運営組織準備委員を務める勝村久司さんは「遺族としては何より、産科医療の向上を求めたいが、そのために過剰な医療介入をすべきではない。分娩機関がそれぞれの特徴を持ち、妊婦の選択肢を維持することも重要だ。制度の運営にあたっては、うまくバランスがとれるように注視していきたい」と話している。

(2008/09/30)