産経新聞社

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がん患者が働くということ(上)

がんを機に退職、パートをへて、働きやすい職場を見つけた桜井なおみさん(中央奥)=東京都港区の日本植木協会


 ■仕事失い、なくした自信

 がん患者の3人に1人が解雇、退職も含め転職を経験し、就労者の4割が収入減となっているーという調査結果が今年、公表されました。調査にあたったがん患者らは、「がんになったら働けないといった社会の無理解や偏見がある」といいます。(北村理)

 「がんになったというだけで、簡単に仕事をお払い箱になって自信を失い、2年ほど働く気力を失っていた」

 福島県に住む桑田友子さん(44)=仮名=は3年前に乳がんが発覚し、摘出手術を受けた。桑田さんは当時、訪問販売員。「母子家庭で、子供が病気だったこともあり、勤務時間が自由だからと選んだ仕事だった」。寝食を惜しんで働き、成績優秀で代理店資格を与えられた。

 それが、がん治療のため、一時休業の届けを出したとたん、収入が数分の1になる一般販売員への降格通知が来たのだ。7年間の実績が水泡に帰した気がした。

 「降格の理由は、がんになっては復帰が難しく、売り上げが見込めないということのようだった。でも、私はあくまでも治療期間だけの休職で、仕事は続けるつもりだった」という。

 降格通知をきっかけに、訪問販売をやめ、並行して開業していたエステサロンも、手術の後遺症から上半身が思うように動かせず休業した。

 しかし、この訪問販売の会社では、販売員はいわば自営業。会社とは雇用契約がなく、何も補償がなかった。子供は幸い自立したが、自身、長年の腎臓障害で民間保険に入っておらず、以後2年間、貯蓄を取り崩して生活した。未承認薬などの負担も含めて治療費はこの間、約300万円にのぼった。

 昨年から、周囲の勧めで別の訪問販売を始めた。以前の収入には及ばないが、桑田さんは「仕事を失い、生きる自信を無くしたが、ようやく自分の存在意義を見いだせるようになった」と話している。

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 ■職場の理解 不可欠

 がん患者、医療、行政、NPO関係者らがこの夏、「がん患者の就労・雇用支援に関する提言」をまとめた。「東京大学医療政策人材養成講座」の活動の一環で、提言では、がん患者への理解を社会に求めるとともに、治療休暇制度、がん患者雇用促進法などの整備を求めている。

 提言の根拠となったのが、同講座がインターネットで行ったがん患者へのアンケート(有効回答403人)だ。調査によると、「これまでの仕事を続けたい」と回答したのは約8割。しかし、うち3割は転職。1割が解雇、依願退職、自営業の廃業。約4割が診断後に収入が減少していた。また、就労者の6割が「仕事の継続に不安」があると回答した。

 筆頭研究者の桜井なおみさん(41)は4年前、乳がんと診断され、2年後に勤務していた会社を退職した。桜井さんは「仕事を続けるには、職場の理解が不可欠だ」という。

 桜井さんは園芸の専門家。診断時に勤務していた会社では中間管理職だった。手術して半年間休職し、その後、復帰したが、「切ったら治ると思われたせいか、仕事量や責任は治療前とほとんど変わらなかった」。

 手術後、女性ホルモンを抑えるためのホルモン療法を始めた。副作用による更年期障害を発症し、心身に不調をきたした。管理職を辞退し、仕事量を減らそうとしたが、降ってくる仕事の量は変わらなかった。がんや治療の副作用で週1回は病院通いが必要だったが、そのために「週5日の仕事を4日でこなさざるを得なかった」という。

 こうした環境は解決されず、治療開始から2年後に退職。しかし、退職後も治療費はかかる。パートの職を得たが、収入は会社勤務時代の5分の1に激減した。

 その後、ハローワークで偶然、園芸の専門知識を生かせる団体を見つけ、正職員として採用された。高齢職員が多いせいか、病気に理解があり、通院しながら無理なく仕事を続けているという。桜井さんは「就業規則は、前の職場とほぼ同じ。理解があれば、仕事は続けられた」と話している。

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 ■2人に1人が罹患の時代「治療後も貢献できる」認識を

 「がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査報告書」をまとめた静岡がんセンターの山口建総長の話 「2人に1人ががんに罹患(りかん)する時代が来れば、就労・雇用の問題は社会問題になる。がんがきっかけで貴重な労働力が失われれば、社会の活力も喪失する。がんイコール死ではなく、治療後も十分に社会貢献が可能だという認識を社会全体が持つ必要がある。がん治療後の働き方では、労使間の話し合いに、行政や医療機関など第三者が介入するシステムづくりが必要だ」

(2008/11/03)