産経新聞社

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がん患者が働くということ(中)

がんを克服して昇進した武田雅子さん(右)=東京都豊島区のクレディセゾン


 ■制度を知り、働きかけを

 働き盛りでがんになると、仕事を続けようと、病気であることを隠しがち。しかし、病気で休んだ場合、休業補償にあたる制度もあります。制度を理解したうえで、何ができて何ができないか、どんな協力が必要か、周囲に伝えることも必要です。(北村理)

 広告代理店に勤めていたコピーライター、大川彩子さん(42)=仮名=は6年前、乳がんの手術後、仕事量の調節を上司に求めた。しかし、会社の業績は当時、右肩上がり。大川さん自身、高校時代からあこがれだったコピーライターとして業績を積むことに余念がなかった。「今から思えば、冷静さを失っていました」

 ラッシュ時の満員電車で手術の痛みに耐えて通勤し、1週間後には徹夜もこなした。上司から「このプロジェクトが終わったら配慮するから」と言われたが、気付いたら2年たっていた。

 治療の副作用で判断力や記憶力が衰えるなど体力の限界を感じ、退職を口にすると、新しい上司から「じゃあ、休職にしたら?」といわれた。健康保険に休業補償に当たる「傷病手当」の制度があることを、このとき初めて知った。

 しかし、大川さんは傷病手当を半年受け、結局、仕事をやめた。復帰後に仕事量が減るとは思えなかったからだ。手術後からのハードワークで疲れ果てていたこともある。「治療開始時から傷病手当を利用して休業していたら、辞めることはなかったと思う」と大川さんは悔やむ。

 退職後、同じような境遇の患者と交流し、気付いたことがある。大川さんは上司と一部の友人にしか、がんを報告しておらず、職場の同僚は、退職するまで大川さんががんだと知らなかったという。「もっと、自分から周囲に闘病を伝え、できることとできないことを意思表示していれば、上司の配慮を待たなくても、状況はある程度改善されたかもしれない」と振り返っている。

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 ■健康保険で“保障”も

 傷病手当金は、健康保険の給付で、いわば“休業時の生活保障”制度。業務外(業務内は労災の適用)での病気やけがが対象。療養で仕事を休んだ期間の生活を保障するため、連続して3日以上休んでいるとき、4日目から最長で1年半支給される。

 給付額は日給の6割。例えば標準報酬月額が30万円の場合、1日につき1万円の3分の2にあたる6667円が支給される。企業によっては一定期間、それに上乗せして支給するところもある。

 1週間の所定労働時間を短縮する「短時間勤務制度」については、国はワークシェアリングの観点から推奨し、補助金も支給しているが、導入企業は多くない。

 導入しても、育児と介護を対象にするケースがほとんど。傷病からの復職過程での適用は「日本IBMで身体機能回復のためのリハビリ期への適用はみられるが、一般的な事例ではない」(厚生労働省雇用均等・児童家庭局短時間・在宅労働課)。

 産業医科大の亀田高志講師は「がん患者は、治療前に比べ就業能力が落ちるわけではない。短時間勤務などで働き方に配慮すれば、就業は十分、可能だ」と、企業の積極的な取り組みを促している。

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 ■短時間勤務を改善

 クレジットカード会社「クレディセゾン」(東京都豊島区)の武田雅子人事部長(40)は「がんの治療による負担と不安は長期にわたる。本人はできることと配慮してほしいことを意思表示し、会社がしっかりサポートすることが、仕事の継続には大事」という。

 武田さん自身、乳がん経験者。同部の課長だった4年前の4月末、がんが分かった。次年度の新卒採用面接の時期。「採用担当者は会社の顔。落ち込んでいるひまはなかった」

 5月末に手術。続いて放射線治療とホルモン療法を受けた。部下や上司に事情を話し、通院の際は出社時間を調節してもらったり、痛みで筆記できなかったため代筆を頼んだり、出張を代わってもらうなど支援を求めた。

 武田さんは今年、人事部長に昇任。自身の経験から、多様な人が活躍できる職場にしたいと、同社が従来、育児と介護をする人にのみに適用してきた短時間勤務制度を傷病者も使えるようにした。

 短時間制度が利用できれば、検査や通院時間も確保しやすく、手術で痛む体をかばうため、ラッシュ時を避けて出勤もできる。

 ただ、制度があっても、職場や上司の理解がなければ、定着しない。同社では今春から産業医科大の関連コンサル会社に協力を求め、役職者を対象に研修プログラムも始めた。武田さんは「制度を整え、実績をつくれば、社員も利用しやすい。会社も貴重な戦力を失わずに済む」と話している。

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 ■がん患者が雇用者に望むこと

(「がん患者の就労・雇用支援に関する提言」のアンケートの自由回答から抜粋)

・過労やストレスはがんの再発を促す要素。就労時間や形態を選択させてほしい

・時短や通院休暇が定期的に取れるような勤務体制があるとよい

・柔軟な雇用形態(契約社員や別の部署などに転換し、治療が一段落後に正社員や元の部署に復帰など)

・直属の上司以外に相談できる部署、雇用や健康に対する相談窓口、専門のカウンセラーを置いてほしい

・必要とされることが、がんばる力になる。職場内で病気に対する理解がほしい。がんについて偏見をなくすために、がんについて知る場所を設けてほしい

・社内禁煙

(2008/11/04)