産経新聞社

ゆうゆうLife

がん患者が働くということ(下)

コーディネーター養成講座を受講するがん経験者ら=東京都品川区


 ■乗り越えた経験を次に

 患者自身が選択を迫られることが多いがんの治療では、患者にとって、医療者からの情報だけでなく、経験者からの情報も重要。がんを乗り越えた人が、今、病を患っている患者に経験を伝えることを、職業として成立させようとの動きが出ています。(北村理)

 「これまでの仕事は年内で清算します。来年からはがんにかかわる情報発信を仕事にしようかと思います」と、都内在住の山本香さん(52)=仮名=は言う。

 フリーで企画や広報の仕事をする山本さんは昨年、乳がんの治療を始めた。今は仕事のかたわら、NPO法人「キャンサーネットジャパン」(東京都文京区)が主催する「乳がん体験者コーディネーター養成講座」に参加している。

 受講生が医療機関などでコーディネーターとして、患者や家族に情報を適切に伝えられるようにするのがねらいで、医療者らが講義する。

 山本さんは1年間の闘病中に母親を肺がんで看取(みと)った。「私は手術、抗がん剤、放射線治療という3大治療をすべて経験し、母の看取りでは緩和ケアを知りました。いわば、初期治療から看取りまで経験したことになります」としたうえで、受講の動機について「がん患者と交流して、地方では特に情報が少ないことを知りました。私の貴重な経験をこれから闘病する人に伝えるべきだと思いました」と話す。

 山本さんは、親の介護をひとりで抱えるなかで、患者同士の交流で不安を和らげられたという。「がん治療では、患者が治療の選択を迫られることが多い。医療情報を伝えるのは医療者だが、患者情報を伝えるプロも必要だと思います」と話している。

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 ■医療機関などに広がるニーズ

 国は昨年、「がん対策推進基本計画」で、がん経験者が患者の相談に乗る重要性を指摘した。がん診療連携拠点病院の設置要件にも新たに、「がん患者及びその家族が心の悩みや体験等を語り合う場を設けることが望ましい」との表記が盛り込まれた。

 こうした動きをきっかけに、NPO法人「キャンサーネットジャパン」は乳がん患者を対象とした体験者コーディネーター養成講座を始めた。柳沢昭浩事務局長は「経験者の持つ情報へのニーズは、患者だけなく、医療機関や保険会社にまで広がりつつある」と指摘する。

 ただ、がん経験者がこうしたニーズに応えるには、個人の経験の押しつけにならないよう、日進月歩の医療情報についての知識が必要だ。

 同団体の養成講座では、専門知識や情報収集の方法、情報の質を判断する方法などのカリキュラムを組んでいる。すでに約80人が修了し、十数人が企業などで講演したり、医療機関の相談員、緩和ケア病棟の医療秘書などに派遣され、報酬を得ている。

 柳沢事務局長は「修了者は一定の評価を得つつある。講演への派遣はこの1年で約100件。需要は確実に伸びている」と言う。

 しかし、一方で、がん診療連携拠点病院では、経験者の確保が進んでいない。数少ない成功例は千葉県がんセンターで、2人を嘱託職員として雇用している。

 千葉県健康福祉部健康づくり支援課の山崎晋一朗課長は「病院は専門家集団なので、資格のない相談員への評価が難しい。(ほかの拠点病院に広げるには)キャンサーネットジャパンのような教育プログラムを持ち、相談員の評価もできる団体との連携も必要だと考えている」と話している。

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 ■コーディネーター養成団体も

 がん経験者をコーディネーターとして養成する講座を持つ団体としては、「ボルネクスト」(東京都港区)がある。

 曽我千春ボルネクスト社長は自身、乳がんを患い、がん経験者同士が支えあう重要性を知って患者会を立ち上げ、それが4年前の会社設立につながった。

 3万人のがん患者と接し、情報を提供する難しさについて「一方的に情報を提供するだけでは役に立たない。まず、不安を抱える相手のニーズをねばり強く聞き取る努力が不可欠だ」と指摘する。

 「突然の告知で死に向き合い、治療して、社会復帰を果たすまでには時間が必要。がんは誰にでも起きうるが、案内役がいれば、立ち直りがスムーズになる」と話している。

(2008/11/05)