産経新聞社

ゆうゆうLife

【ゆうゆうLife】医療・介護 病院を出される(1)

リビングには、父親の若いころの写真が飾られている。「最近、やっと落ち着いて思い返せるようになりました」


 ■医療の支えなく死と向き合う

 「点滴とたんの吸引をするだけでは、入院はできません」。そう、退院を求められるケースが目立っています。背景には、医師不足などで地域の病床が減っていることもあるようです。しかし、患者が在宅で暮らす環境が整った地域は限られ、医療の支えがないまま、不安を抱えて自宅に戻る事例が少なくないのが実情です。(佐藤好美)

 東北地方に住む主婦、大川玲子さん(42)=仮名=は昨春、当時80歳だった父親を胃がんで亡くした。

 2カ月半の入院中、一番つらかったのは、再三、「患者さんには自宅が一番ですよ」と退院を求められたことだった。父親は頻繁にたんの吸引が必要。病院からは「大丈夫。練習すればうまくなるから」と言われたが、父親の命を握るのは恐ろしかった。

 父親は胃がんの手術から8カ月後、微熱が続いて再入院。検査で余命3カ月と伝えられていた。食事が取れず、腸に直接管で栄養分を送る「腸ろう」も勧められた。

 余命3カ月で腸ろうが必要なのか−。失語症もあり、判断できなかった父親に代わり、大川さんは病院側に聞いた。「しない選択もあるんですか」。しかし、返ってきた答えは「うちは、終末期の病院じゃないから、看取(みと)りはしないんです」だった。「腸ろうにしたら、元気になって帰れますよ」との言葉に光を見いだし、腸ろうをつけた。

 ところが、腸ろうはうまく機能しなかった。朝換えたシーツを夕方再び換えるほど激しい下痢、ひどいときは10分おきのたん吸引、慢性的な高熱。それでも、病院からは退院を求められた。「腸ろうにしたら退院、という雰囲気でした」と大川さん。

 父親は当時75歳の母親と2人暮らし。大川さんの住まいからは、車で約3時間かかった。ケアマネジャーに在宅介護のプラン作成を依頼したが、往診してくれる医師は地域におらず、訪問看護ステーションも「お宅までは来てくれない」との説明だった。

 試しに一時帰宅したが、たんの吸引が、うまくいかない。「家庭用吸引機で吸っても、吸っても、ちょっとしか吸えない。呼吸がどんどん苦しくなって、結局その夜に、病院に戻ってきてしまいました。看護師さんが吸引してくれたら、血混じりのたんがいっぱい出て、ああ、かえってつらいこと、させちゃったなあって」と大川さんは涙ぐむ。

 以来、死に物狂いで行き先を探した。しかし、病院の相談室は施設リストをくれただけ。主治医に高齢者を受け入れる病院への紹介状を頼むと、「今までに何枚も書きましたが、すぐに入れた人はいないですよ」と言われた。片っ端から病院にあたり、結局、実家から車で2時間かかるホスピスに転院できた。「在宅介護がいやだったわけじゃない。でも、何かのときに24時間対応してくれる医療の後ろ盾なしに、自宅で療養するのは無理なんです」

                   ◇

 ■不足する在宅医

 大学病院や総合病院などの急性期病院に長くいるのが難しくなる一方、在宅での療養を支える在宅診療や看取りに、高い診療報酬がつくようになった。しかし、在宅療養の環境が整っている地域ばかりではない。

 在宅看護研究センターの村松静子(せいこ)代表は「在宅医療を担う『在宅療養支援診療所』はたくさんできたが、看板を掲げても、稼働していない所も多い。本当に看取れるのは、都市部と、熱心な医師のいる一部の地域だけです」と指摘する。訪問看護ステーションの質のばらつきも大きい。「土日も開いていて、患者や家族の気持ちまで受け止められる技量のところは、まだ少ない」(村松代表)という。

 環境が未整備にもかかわらず、患者が退院を迫られる背景を、「医療崩壊」の影響とする意見もある。多摩大学の真野俊樹教授は「高齢者の数は増えているが、病院のベッド数は療養病床の転換もあり、減る方向。さらに、地方では医師不足が深刻で、診療科や病棟を閉鎖する所もある。“使える病床”が減った結果、病床を早く回転させなければならず、これまでなら、多少、医療の必要性が薄くても入院していられた人が、出される結果になっているのではないか」と分析する。

 厚生労働省の調査では、平成19年に病床(ベッド)数を減らした病院は446施設。病院の数も、10年間で約500施設も減っている。減少が目立つのは、病床が100に満たない小規模病院。急性期病院を退院した患者の受け皿の役割を担っていたような病院が減れば、「行き場がない」事態に拍車がかかりそうだ。

 こうした状況に対し、厚生労働省のある幹部は過渡期の混乱との見方を示す。「規模が小さく、役割分担の不明確な一般病院が、単に高齢者を入院させておくだけの老人病院として残るよりは、在宅復帰を支援する『亜急性期病棟』などに衣替えしてもらった方が、患者はいい医療を受けられる」と主張する。

 しかし、在宅医療もないまま帰宅を求められても、患者や家族には、なすすべがない。在宅療養を推進するには、受け皿の整備と家族へのサポートが不可欠だが、現状でも考えるべきことはある。大川さんのような事例について、村松代表は「末期に胃ろうや腸ろうにすれば、3カ月の命が6カ月になるかもしれないけれど、たんやむくみもひどくなる。家族と過ごす最期のときに、家族の負担が増えることを、医療側は説明する必要があるのでは」と話している。

(2009/02/23)