産経新聞社

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医療・介護 病院を出される(3)見逃しがちな住環境

浴室の折り戸。一般的な開き戸から折り戸や引き戸に変更すると、開け閉めがしやすい(品川区高齢福祉課提供)


浴槽の横に風呂釜があるバランス釜タイプの風呂。床から浴槽のふちまでが高く入り口に段差がある(品川区高齢福祉課提供)


 病院から自宅へ戻る患者が増えたためか、在宅療養のために住宅改修を行うケースが増えています。体が弱ると、上がりかまちや玄関先の階段も、大きなバリアに。しかし、末期のがんで、進行が早いと、改修が間に合わないケースが少なくありません。在宅の住環境を踏まえた退院調整が求められます。(寺田理恵)

 平成19年4月に子宮体がんと診断された40歳代女性は、70代の母親と2人暮らし。退院時に要介護1の認定を受けた。「脚にむくみができるので、お風呂に漬かって入浴したい」と望んだが、シャワーしか使えなかった。

 浴室は、床から浴槽のふちまで高さがあるバランス釜タイプ。身体機能が急速に低下し、またいで入ることができなかったからだ。浴室をリフォームするため、8月に介護保険の住宅改修を申し込んだものの、手を付けないうちに容体が悪化し、9月半ばに亡くなった。

 末期のがん患者の場合、改修が間に合わなかったり、改修しても役立てる時間がないまま亡くなったりするケースもある。

 大腸がんで昨年亡くなった60代男性は「通院時に自分で車いすを使って出入りしたい」と、自費で寝室近くの窓を車いす用の出入り口にリフォームした。1年足らずで緩和ケア病棟に入院したため、85万円をかけた出入り口も、使ったのは数回。しかし、自力で出入りする希望を持つことが、在宅療養中の心の支えだったという。

 段差などのバリアを早めに解消しておけば、身体機能が低下しても、生活上の不自由さを感じずに済む場合もある。

 70歳代男性は18年3月、東京都港区の一戸建てから品川区のバリアフリーマンションに転居した。胃がんなどが見つかったのは、その直後。妻は「引っ越す前の家は2階建てで段差だらけ。新しい浴室は暖房もあり、設備がよかったので、10月ぐらいまでは、ひとりで入浴していました。その後はシャワーになりましたが、自宅で入浴できてよかった。もとの家にいたら、とても生活できませんでした」と振り返る。

 男性は同年8月に退院。余命4カ月と告げられていたが、在宅医の訪問診療を受けながら、普通の生活を続けた。その後、要介護2の認定を受け、19年2月に介護保険でトイレと廊下に手すりを付ける改修を行った。4月初めに願いどおり自宅で亡くなったが、「自分でトイレに行きたくて、手すりをよく使っていました」という。

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 ■医療者が注意喚起を

 「在宅医療のための住宅改修事例がここ2年で増えている」。こう話すのは、東京都品川区の住宅改修アドバイザーを務める安楽玲子・レック研究所代表だ。

 「(濃縮した酸素を吸入する)在宅酸素療法を行う人や、末期のがん患者が多い。末期がんで自宅に戻ると、住宅改修どころではなく、浴室にすのこを設置して段差を解消する程度の改修で間に合わせる場合もある」

 介護保険では、20万円(自己負担2万円)を限度に、住宅改修の費用が支給される。対象となるのは、手すりの取り付け▽段差の解消▽和式便器から洋式便器への取り換え▽浴室の床のかさ上げ−など。平成18年4月から、末期のがん患者が在宅療養をする場合、40〜64歳でも介護保険の利用が可能になった。しかし、短期間で看(み)取(と)りを迎える場合、間に合わないケースも多い。

 日本の住宅は上がりかまちや敷居など段差が多く、身体機能が低下すると生活に支障をきたす。70代以上の高齢者では、古い集合住宅に住み、バランス釜タイプの浴室を使っている人が多い。その場合、浴槽の高さや入り口の段差がバリアとなる。安楽さんは「元気なうちに、トイレを洋式にかえたり、浴室のドアを引き戸か折り戸にかえるなどのリフォームを済ませておいた方がよい」と助言する。

 目白大学の金沢善智教授は「末期のがん患者は入院中、体調の良いときに要介護認定を受けるので、軽く判定されがち。要介護1では、自宅に戻ってすぐに特殊寝台(介護用ベッド)などを使うことができない」と、福祉用具の課題を指摘する。

 介護保険では、介護用ベッドや車いす、歩行器などの福祉用具をレンタルできる。これらを住宅改修と組み合わせれば、在宅生活が楽になる。しかし、要介護1だと原則、介護ベッドや車いすを利用できない。医師の意見書があれば、サービス担当者会議で判断し、市町村の確認を経て利用できるが、「スピードが必要とされるのに、うまく機能していない」とする。

 金沢教授は「まず、住宅環境を整備することで自立生活に近づけ、足りない部分にマンパワーをかけるべきだ。ところが、医療現場の敷居は高く、ケアマネジャーは医師と連携が取れない。一方、医療関係者は在宅の暮らしを想像できないから、そのためのサポートをしない。医師に住環境を意識してもらうことが必要だ」と話している。

(2009/02/25)