産経新聞社

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医療・介護 病院を出される(4)

骨折後、リハビリを経て動かせるようになった右手。指を曲げたり、伸ばしたりできる


 ■老健2カ月で在宅復帰

 大学病院や総合病院には、リハビリや点滴が必要なだけでは入院できず、急性期の治療が終われば退院します。高齢者の場合、短期の入院でも体力が落ち、身体状況が大きく変わります。退院後、自宅での生活にスムーズに戻るには、何が必要か。在宅復帰を支える介護老人保健施設(老健)の取り組みを取材しました。(寺田理恵)

 川崎市の高木庸子さん(93)=仮名=はベッドから落ちて手足を骨折した後、老健を経て、先週、自宅へ戻った。

 救急搬送先の総合病院での入院は約1カ月。その後、昨年12月に同市の老健「アクアピア新百合」に移った。リハビリテーションの結果、歩けるようになり、手の指も動かせるまでに回復した。

 「痛いのを我慢して、リハビリをしました。ベッドに座っているときも、できるだけ足を動かしています。早く治そうと思ったら、自分で努力もしますよ」と表情は明るい。

 1年半前も転んで左肩を骨折し、同じ老健でリハビリをして、自宅へ戻った経験がある。そのとき、家族は自宅の浴槽のふちに出入りのためのグリップを設置するなどの改修をし、高木さんの帰宅を待った。

 老健には、特別養護老人ホームのように長期入所させる所もある。しかし、アクアピアは病院と在宅の中間施設として入所者にリハビリを行い、在宅復帰を目指す。リハビリ同様に重視しているのが、住居の整備や家族との調整。入所中の一時帰宅では、在宅のケアマネジャーと老健側のケアマネや作業療法士らも立ち会い、自宅で安全に暮らせるかどうかを確認する。

 高木さん宅では、玄関に靴を履いたり脱いだりするためのいすを置き、脱衣場にも着替えるときに座れるよう、いすを置くことを提案した。転ぶ原因になりそうなマットや、トイレでの動作に邪魔になる荷物の撤去も提案した。おかげで最初の在宅復帰がスムーズに運んだ。

 順調に回復していただけに、再度の骨折で「家に帰ると、家族に迷惑がかかる」との気持ちもあったが、家族が在宅復帰に前向きだった。

 高木さんは「食事の支度や、留守番くらいはできますからね」と張り切っている。

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 ■難しい家族との調整

 アクアピアでリハビリを担当する作業療法士の武田美樹さんは、一時帰宅の効果を「施設で話すよりも、自宅での方が、家族は不安を口にしやすくなります。『トイレのときは、どうしたらいいか』など、介助の仕方についての質問も出ます」とする。

 核家族化が進み、自宅に戻っても、老老介護だったり、家族が働いていたりで介護力の不足する家庭が少なくない。

 しかし、入浴の介助ができなくても、訪問ヘルパーによる介助やデイサービスの利用、シャワー浴で済ませる−などの代替ができる。在宅療養に対する家族の不安は大きいだけに、早めに暮らしを想定した準備ができるのは心強い。

 「入所が長くなると、残った家族だけの生活が確立してしまい、在宅復帰による変化に戸惑う家族もいます。一時帰宅は、家族に本人の良くなった様子を見てもらい、介助がどの程度、必要かを確認してもらう場です」(武田美樹さん)

 アクアピアでは、脳梗塞(こうそく)の後遺症などリハビリが必要なだけでなく、呼吸器や循環器疾患など退院後も医療の必要な人を受け入れる。そのためか、大学病院などから医療ニーズのある退院患者の受け入れを要請されるケースが多い。

 入所者のほとんどが、インスリンや降圧剤など、何らかの薬を服用している。高齢者は数日の入院でも筋力が落ち、生活全般に介助が必要になりがち。胃ろうなど体に管を通して栄養を取る人もおり、そうした人には、口から食べるためのリハビリも行う。家族に管理の仕方や体位変換なども指導する。

 しかし、家族に介護する気持ちがなければ、在宅復帰は難しい。家族との調整を担当する武田篤史さんは「在宅復帰ができるかどうかは、建物の構造と、家族の気持ちにかかっている」とみる。

 独居でも在宅復帰の希望があれば、在宅のケアマネジャーや行政の担当者などと打ち合わせ、在宅医療や介護サービスにつなげられる。しかし、病院や施設を望む家族は少なくない。「家族が共倒れにならないよう、在宅サービスを紹介します。しかし、病院で『家では無理ですよ』といわれていると、理解を得るのは難しい。入院中から在宅へ向けた意識付けが必要では」と話す。

 近年、「退院させられた」という先行き不安の声が増えている。背景には、病院での治療と、在宅を支えるサービスが結びついていないことがありそうだ。

(2009/02/26)