産経新聞社

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医療・介護 病院を出される(5)

利用者宅を訪問し、介護サービス計画について話すケアマネジャーの柏木茂幸さん(左)


 ■求められる在宅への橋渡し

 「退院させられた」。こんな不安の声が、患者や家族から聞かれます。急性期の治療を終えると、患者はほかの医療機関へ移るか、自宅へ戻ります。しかし、在宅療養を支える医療や介護サービスは不十分。その上、病院から在宅への橋渡しが不十分だと、退院までに在宅の準備ができません。そのことも、退院に対する不安につながっているようです。(寺田理恵)

 横浜市に住む久保啓子さん(65)=仮名=は昨春、心筋梗塞(こうそく)の手術を受けるために約2カ月入院し、要介護度が1から最重度の5に悪化した。「入院中に9キロもやせたの。病院でリハビリを受けられず、退院するときは歩けなくなっていたので車いすを使い、家では、はいずり回るようにトイレに行きました」と啓子さん。

 退院から1週間後、心不全を起こして救急搬送されたが、2週間で退院。「もう一度手術が必要のようですが、そのときはできないとのことで、治療せず退院しました。私は早く帰りたかったけれど、入院患者には家に帰りたくないお年寄りが多く、皆さん泣き泣き帰っていきました」と、入院時の様子を語る。

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 医療が必要な状態でも、退院する人が増えている。

 久保さんのケアプラン(介護サービス計画)作成を担当する「ハロー・ケアマネジメントステーション」(横浜市)の柏木茂幸代表は「今はバルーンカテーテル(導尿のための管)やウロストーマ(人工膀胱)など、医療器具をつけて退院してきます」と話す。

 末期がんの50代男性は手術後にウロストーマをつくり、在宅療養を始めたが、発熱などで月1、2回入退院を繰り返した。柏木さんが相談を受けたときは、病院側から「これ以上の処置ができないので、ホスピスか療養病床に転院するように」と言われ、「病院に見捨てられた」とショックを受けていた時期だった。

 しかし、治療にお金がかかり、ホスピスや療養病床の入院費が払えない。自宅の家賃が払えず、転居した古い木造アパートは玄関や浴室の段差が生活上の障害に。妻は緊急時の対応や、自分が働きに出ている間の介護をどうするかなど、在宅に強い不安を感じていた。いったん退院して訪問看護を利用したが、痛みがひどく、訪問看護師が「とても在宅のレベルではない」と病院に交渉し、再入院した。約1カ月後、病院から転院を求められた直後に息を引き取った。

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 病院と在宅の間には、医療による支えに大きな差があり、事前の準備が必要だ。しかし、柏木さんは「入院時に在宅の準備を意識する医師は少ない」とする。

 医療の必要な人を支える介護サービスも不十分だ。「家族の介護負担を軽減するショートステイ(短期入所)が必要だが、胃ろうの人やたんの吸引、在宅酸素療法の必要な人は利用が難しい。訪問看護を週3〜4回頼んでも、看護師不足で来てもらえない。在宅でリハビリを受けられる所も少ない」と指摘する。

 高齢者の場合、脱水や誤嚥(ごえん)性肺炎などによる短期の入院でも筋力が落ち、入院前は自分で入浴や排泄(はいせつ)ができたのに、介護が必要となる。しかし、短期間に状態が大きく変わるだけに、家族は自分たちがどこまで介護を担うのか、イメージするのが難しい。

 柏木さんの事業所では、退院前に家族が在宅介護を具体的にイメージできるよう、1日に必要なケアを一つ一つ示し、家族ができない部分を介護保険のヘルパーやデイサービスで対応する。中でも負担の重いおむつ交換は、入院中に家族に試してもらい、在宅生活を具体的に想像できるように努めている。

 柏木さんは「入院中の早い段階で病院からケアマネに協力依頼があればスムーズだが、『月曜に退院する』と金曜に連絡が入る場合もある。在宅の準備が整わないまま退院させられると、利用者が困る」と話している。=おわり

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 ■病院は退院患者に紹介を

 田中滋・慶応義塾大教授の話 急性期医療機関に本質的に期待される役割は、重症患者への高度な医療機能の発揮だ。需要の増加に対して、提供量が不足しており、非急性期の医療機関でも対応できる、あるいは非急性期が適した患者が使い続けると、ほかでは守れない重症患者を待たせてしまう。

 退院を促されるのは、患者が急性期医療より、亜急性期医療や回復期リハビリなどが求められる段階か、急性期医療ではかえってQOL(生活の質)を低下させる段階になったのが理由だろう。

 だからこそ、急性期医療機関は、受け皿となる地域の医療機関や地元医師会、ケアマネジャーなどと密接に連携し、退院していく患者と家族にそれらを紹介する責任を全うしなくてはならない。

(2009/02/27)