産経新聞社

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介護職員 「たん吸引」解禁に期待 医療側からは慎重論も

本来は看護職の行う医療行為。たんの吸引をどうするか、現場は揺れている(写真はイメージです)




 ■現在、違法でも夜間に実施

 介護職員に法律上、認められない「たんの吸引」が解禁されるとの期待が高まっている。現在は「医療行為」とされ、施設で介護職が行うのは違法だが、現場では、やむにやまれず行われているのが実態。昨年11月には桝添要一厚労相の有識者会議が解禁を提言。今年2月には厚生労働省が検討会を発足させ、先行きに注目が集まっている。(佐藤好美、寺田理恵、清水麻子)

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 先月開かれた厚生労働省の「特別養護老人ホームにおける看護職員と介護職員の連携によるケアの在り方に関する検討会」。やりとりを聞いた看護師は「たんの吸引は当然、施設職員の仕事として認められるかのように話されていて、驚いた」と振り返る。

 問題になったのは、特養などで入所者のたんの吸引を、だれがするか−。

 「たんの吸引」や、胃に管を通した「胃ろう」の栄養補給は医療行為とされ、本来は医師や看護師などの仕事。施設などで介護職が仕事として行うことは認められていない。

 しかし、ルールは形骸(けいがい)化している。東京都のある特養の施設長は「看護師がいない夜間は、介護職がたんの吸引をしている。違法だと訴えられたら、『目の前で死にそうだったから、やりました』と言うしかない。厳密に禁止というなら、重度の人は受け入れられない。施設はどこも同じですよ」と話す。

 背景には、施設に重度者が増えていることがある。国は平成26年度までに、施設入所者の70%以上を要介護4と5の人にする方針。今春には看取(みと)り加算もつけ、重度者の受け皿にしたい意向だ。

 しかし、特養の看護師は入所者100人に対し、3人。夜間は看護師不在のところがほとんど。特養が加盟する全国老人福祉施設協議会(老施協)の調査でも、夜間、介護職に「たんの吸引」を任せている施設は56%に上った。

 こうした実態を踏まえ、昨年11月、厚労相の有識者会議「安心と希望の介護ビジョン会議」が、介護職によるたんの吸引などの解禁を提言。今年2月、検討会が始まった。

 桝田和平・老施協総研介護委員長は「解禁は時代の流れ。法的に認められなければ、研修も義務付けできない。現場で看護師から簡単に教わる程度では、かえって問題だ」と、解禁に期待をかける。

 しかし、医療職は慎重な姿勢だ。日本看護協会の高階(たかがい)恵美子常任理事は「特養での『たんの吸引』には、残渣清浄などの口腔(こうくう)ケアも含まれている。全身状態が悪く、自力で気道の分泌物を出せない人の呼吸管理のために行う『たんの吸引』はリスクの高い医療行為で医療職がすべき。リスクに応じた整理が重要。看護師がいない夜間に医療行為が必要な入所者がいる施設では、看護師を増やすなど、安全な療養態勢を整えるべきだ」と指摘する。

 これに対して、群馬県のあるグループホームの施設長は「苦痛を取り除くためにたんの吸引を行っており、放置すれば命にかかわる。それを口腔ケアとされるのは違和感がある」と、早急な対処を求めている。

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 ■介護職員、技術面などに残る不安

 点眼や浣腸など11項目は17年、医療行為でないと介護職に解禁されたが、「研修がない」などの問題は放置されたまま。このため、介護職は必ずしも「たんの吸引」などの解禁に積極的でないようだ。法律違反で生じる精神的負担は軽減されても、技術などの不安は残る。

 八戸大学の篠崎良勝専任講師が行った調査でも、知識や技術が不十分と考える施設職員が目立ち、「正しい行為がどのようなものか分からない。教育や技術習得の機会がない」「基本的知識があってはじめて実践できるもの。素人同様の介護職員が医療行為を行う根拠がない」などの声が上がった。

 介護職に認めるなら、知識や技術を身につける研修が不可欠。篠崎講師は「介護職は今、業務を超えた仕事を行っており、『素人が看護師不足を補っている』と感じている。単に介護職にさせればいいのではない。研修義務化による安全面の担保と、業務を増やす対価として報酬面での評価も必要だ」と話している。

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 ■制度のあり方、議論を

 政策研究大学院大学の島崎謙治教授の話 「たんの吸引といっても、咽頭(いんとう)の奥まで吸引するか、手前かで危険性は異なる。しかし、たんの吸引が必要な高齢者を前に、介護職が後ろめたさを感じながら行っている状態を放置する方がむしろ危険。見て見ぬふりをするのではなく、正面から制度のあり方を議論すべきだ。

 看護師配置を手厚くすべきだとの指摘もある。しかし、費用がかかり、看護師不足のなか、特養に十分に配置できるかは疑問だ。在宅ヘルパーには、一定条件下で認めているのだから、経緯を踏まえ、介護職に認める範囲、研修、責任管理体制などについて、関係者が知恵を出し合うべきだ」

(2009/03/23)