産経新聞社

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退院後はどこへ(中)介護を阻む「医療行為」の壁

口から食べられなくなり、胃ろうから栄養補給を受けている男性。胃ろうの利用者を敬遠する公的施設も多い=東京都台東区の介護付き有料老人ホーム「アミーユ隅田公園」


 病気などで口から食べられない患者のため、胃に穴を開けて栄養を入れる「胃ろう」。むせて肺炎を起こしやすい高齢者も、胃ろうをつくって退院するケースが増えている。しかし、胃ろうの栄養補給は医師・看護師の仕事とされ、施設の介護職には認められていない。家族がみられなくても、行き場が限られるのが実情だ。(寺田理恵)

 「夕食だけは口から食べられるようになりました。今日はおやつに、お茶とプリンも」

 東京都台東区の介護付有料老人ホーム「アミーユ隅田公園」で暮らす山田孝雄さん(62)=仮名=は3度の食事のうち2回、胃ろうから栄養補給を受ける。脳内出血を起こして入院した後、記憶は途切れ途切れだが、「病院のようなところ」を何度か転々としたという。

 独身で、退院しても都内の自宅で暮らすのが困難なため、親類の世話で平成18年暮れに入居した。昨年1月、食事がとれなくなり、夕食時にむせて救急搬送されて入院。胃ろうをつくり、要介護認定を受けた。

 1日3食とも胃ろうからの栄養摂取だったが、今年2月には夕食を食べられるまでに回復した。「何とか立てるようになった。1日2回ぐらいは口から食べたいですね」と意欲を示すが、まだ朝と昼は胃ろうによる栄養補給が必要だ。

 胃ろうの栄養補給は、医師や看護師が行う医療行為とされるため、受け入れない有料老人ホームも多い。

 入居金不要で知られる「アミーユ」を全国展開するメッセージ社(本社・岡山市)関東地区本部長の菊井徹也さんは「介護職が栄養注入をできるよう陳情を続けてきたが、認められない。アミーユのなかでも、看護師が365日勤務する態勢を取っている所で受け入れている」と話す。ただ、食事どきに栄養補給やインスリン注射が集中するため、看護師が対応できる範囲で受け入れる。

 胃ろうは近年、増加傾向にあり、推定20万〜30万人といわれている。平成18年度の医療制度改革で医療費抑制の方針が打ち出され、入院から在宅への移行が進んだ。患者が胃ろうをつくって早期退院を促されるケースも増えているようだ。

 こうした事態を受け、昨年11月、厚生労働相の有識者会議「安心と希望の介護ビジョン会議」が、介護職による胃ろうの栄養補給やたんの吸引の解禁を提言。今年2月には、厚生労働省の検討会が始まった。しかし、安全確保などの課題があり、議論に時間がかかる見通し。行き場の限られる現状は続きそうだ。

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 ■胃ろうの入所者増加 重い負担…現場は「そろそろ限界」

 「胃ろう(人数制限あり)」「受け入れが難しい医療措置 吸引頻度の高い方」。特別養護老人ホーム(特養)のショートステイの案内には、こんな記載が珍しくない。ショートは家族の介護負担を軽減するサービスだが、医療行為の必要な人の利用は難しい。

 胃ろうや鼻に通した管からの栄養補給などは医師や看護師の仕事。しかし、特養には常勤医が配置されておらず、夜間は看護職員不在のところがほとんど。介護職より賃金の高い看護職を増やせば、経営に響きかねない。

 青森県の特養「光葉園」では、看護職を国の基準の倍に増やし、医療的ケアの必要な高齢者を受け入れている。澤口公孝施設長は「入所者が入院すると、2週間から1、2カ月で経管栄養になって戻ってくる。療養病床の削減で、施設に戻る人が増えている」と、退院が早まっている現状を話す。

 胃ろうの入所者は、平成18年ごろから増えている。栄養剤の逆流などトラブルが伴い、金具の衛生管理も必要なため、十分な知識のない介護職員が看護師を手伝うと、精神的負担が大きいという。

 澤口施設長は「施設側が断るわけにはいかない。ショートステイも受け入れているが、急変時の負担が重い。現場からは『そろそろ限界』との声が上がっている」と話している。

(2009/05/12)