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重度者の自宅介護 労力とお金を考える(中)

自宅介護が困難になり施設入所を選ぶ高齢者も=神奈川県秦野市の「湘南老人ホーム」



 ■ストレスにつぶされる家族 施設志向高める結果に

 介護に携わる家族がいないと、介護度の重い人は自宅では暮らせないのが現実。しかし、家族が介護の重荷とストレスに押しつぶされ、結局、自宅暮らしをあきらめて施設に入所するケースも目立ちます。専門家からは「家族介護を前提とした制度のままでは、重度者の施設志向に拍車がかかるばかり」との批判もあがっています。(清水麻子)

 「台所の包丁を取り出して、自分の服をびりびりに破いていました。そして自分の腕を切ろうとした瞬間、はっとわれに返りました」

 認知症で要介護度5の夫(65)を自宅で介護してきた吉川恵子さん(63)=仮名、神奈川県秦野市=は3年半前の“自殺未遂事件”を打ち明ける。

 夫を在宅で支える日々は、それほどつらかったという。夫は若く、体力があり余っていたこともあり、動きが活発で症状が安定しなかった。意識がはっきりしているかと思えば、突然走り出したり、そっくり返ってしまったり…。

 あまりのつらさに恵子さんは、週4日はデイサービスを使い、1カ月に1週間程度は特養に滞在するショートステイも利用した。介護保険のサービスはこれで支給限度額いっぱい(要介護度5で約36万円、自己負担は1割)。それ以外の時間は恵子さんが介護した。

 特に大変だったのは夜中。寝る前に導尿をし、尿をためる器具を装着してオムツをつけても、動きが活発なためか外れたり、尿がもれてしまうこともしばしば。恵子さんは、尿でパジャマがびしょびしょになることが気になって眠れなかったという。

 「夜間にヘルパーに来てもらうなど、もう少し私が熟睡できるようサービスを使おうかしら…」。恵子さんは何度もそう思った。しかし、介護保険を超えるサービスを使えば、多額の自己負担がかかる。当時、介護の費用は1割負担分と、オムツ代をあわせて5万円くらい。恵子さんは結局、自費のサービスは使わず、自分で介護をすることを選んだ。

 しかし慢性の睡眠不足に陥った結果、冒頭の自殺未遂を起こすまでに…。

                    ◇

 “事件”後、恵子さんはケアマネジャーに相談し、特養に入所を申し込んだ。

 しかし、「どの施設も待機者であふれかえっている。2、3年待ちは当たり前」といわれる。結局、市内にある特別養護老人ホーム「湘南老人ホーム」に入所できたのは、2年近くたってからだった。

 夫は現在、このホームで24時間介護を受ける。夜間はほぼ1時間おきに職員が巡回し、夜中も必要ならオムツ交換をしてもらえる。何かあれば職員が駆けつけてくれるし、食事の心配もない。

 自己負担は約9万4000円と、在宅で介護をしていたときの倍近い。昨年10月に特養などの居住費と食費が原則、自己負担になり、夫の年金が年間266万円以上ある恵子さんの負担はほぼ倍増したからだ。

 「年金から主人の介護費を差し引くと、私1人生活するのがぎりぎり。入所したときの自己負担は約5万円で、在宅介護と違わなかっただけに納得できないのですが、もう介護費用が安いからと在宅に戻ることは考えられません」と恵子さんは言う。

                    ◇

 恵子さんのように、特に認知症などで状態が不安定な人を自宅で介護する家族はストレスを抱えがちだ。厚生労働省の統計では、要介護度5で施設で暮らす人は6割にも上るが、在宅の人は4割程度にとどまっている。

 「湘南老人ホーム」の久野昶彦(のぶひこ)所長は「入居者の大半は重度で、恵子さんのように家族が介護に耐えきれず入所を申し込むケースがほとんど。しかし、望んでも、すぐ入れるわけでもない。重度者を抱える家族は本当に気の毒です」と続ける。

 介護保険制度に詳しい鹿児島大学法科大学院の伊藤周平教授も「介護保険では重度でも1日3時間、身体介護のヘルパーに来てもらうと支給限度額に達してしまう。あとの21時間は家族が介護するしかない。家族の労力に頼った今の制度では、重度者の施設志向に拍車がかかるばかりだ」と指摘する。

 そのうえで、「特養は満杯で入れない。厚生労働省は療養病床(いわゆる老人病院)など、重度者の受け入れ先を縮小する方針だが、それでは、在宅で介護する家族がストレスでつぶれてしまう。施設も在宅サービスも両方、充実させることが必要で、在宅では家族が疲れ果てないよう、リフレッシュする仕組みを設けたり、ヘルパー並みに労災がおりるようにするのもひとつの手だ」と話している。

(2006/08/08)

 
 
 
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