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追われる利用者(上)支援困難

 ■病気で暴力…サービス拒否

 介護保険のサービス事業所から、サービス提供を断られてしまうことがあります。認知症がひどかったり、暴力を振るうなどの“支援困難ケース”と呼ばれるものから、利用者や家族が過度に口を出して敬遠されるケースまで、理由はさまざま。しかし、サービスなしでは家族の負担も計り知れません。(永栄朋子)

 関西地方に住む前川佐知子さん(65)=仮名=は、58歳でアルツハイマーを発症した夫(66)を介護している。

 夫は尿意は伝えられるが、意思疎通はほとんどできない。思いの通じないもどかしさからか、しばしば大声を上げ、暴力を振るう。

 要介護度は5だが、足腰は丈夫だ。「夫はまだ大黒柱として家族を支えなくては、と思っているようで、1日中、落ち着きなく歩き回っています」と佐知子さんは話す。しかも、この春、パーキンソン病を併発した。まっすぐに歩けず、壁に頭をぶつけるので、ますます目が離せなくなった。

 「ストレスと睡眠不足でお手上げです」

 しかし、現在、介護保険のサービスは利用していない。暴力行為が理由で事業所に断られてしまったのだ。

 最初は4年半前。特別養護老人ホームに入所したものの、施設内でとりわけ若く、力も強かった夫は周囲になじめず、他の利用者を突き飛ばし、たびたびトラブルを起こした。

 新設の特養で、職員が認知症のケアに慣れていなかったのも災いした。介護士には、「自分の部屋も覚えられないのに、歩き回って困る」と言われ、往診の内科医には「盛れるだけの薬を盛っても、おとなしくならない。出ていきなさい」と言われた。

 入所して7カ月目に、半ば追い出されるように退去。そのまま総合病院の精神科に入院した。しかし、夫は外から鍵のかかる個室に入れられると、「出してくれ」と大騒ぎし、結局、薬づけにされた。

 ある日、佐知子さんが見舞いに行くと、騒いで脳しんとうを起こした夫が、裸のままベッドで寝かされていた。スタッフに「主治医が『ボツにする(=薬を使って眠らせる)』って言ってるわ。悪いこと言わないから、連れて帰りなさい」と言われ、佐知子さんは退院を決めた。「夫があまりにも哀れに思いました」

 それから約4年。夫の状態は悪くなる一方だが、利用できるサービスは年々、減っている。今年の6月には、1年半にわたって散歩の付き添いを頼んできた事業所にサービスを打ち切られた。ショートステイも1度しか利用できなかった。

 利用できるのは、医療保険適用の週3日の精神科のデイサービスだけ。佐知子さんは言う。

 「誰が悪いわけでもない。病気で暴力を振るう夫がいけないんです。おとなしい人だったら、介護保険のサービスが使えたでしょう。でも、こんな状態だからこそ、助けてほしいんです。寝たきりになったら、助けてもらえると信じて、歯を食いしばってやっています」

                   ◇

 介護保険では、サービス提供は利用者と事業所の契約が前提だ。だが、事業所は原則、サービス提供を断らないことになっている。

 しかし、「正当な理由」があれば、話は別だ。事業所は契約を結ばないことも、契約したサービス提供を断ることもできる。利用者がサービス提供外の地域に住んでいるとか、過度に暴力をふるうなどは「正当な理由」と見なされる。しかし、「正当な理由」の定義ははっきりしない。「施設や事業所によっては、拡大解釈しているところもある」(施設関係者)といわれる。

 東京都港区のNPO法人「介護者サポートネットワークセンター アラジン」には、サービス提供を断られたという悩みが、高齢者の家族から寄せられる。牧野史子代表によると、特に多いのは、利用者が胃瘻(いろう)や気管切開をしているなど、医療ニーズの高いケースだという。

                   ◇

 介護保険では、重度の人ほど給付費は多い。だから、施設などでは重度の人を受け入れた方がメリットがある。

 しかし、都内のある特養の施設長は「医療ニーズのある人や暴力を振るう人は、スタッフの労力に比べたら、給付額は割に合わない。受け入れれば、施設全体の介護力が下がってしまう」と指摘する。

 この施設では、胃瘻などの医療ニーズや暴力行為を理由に、利用者に退去を求めたことはないが、入所段階で“選別”はするという。

 「特養ホームを良くする市民の会」(東京都新宿区)の本間郁子代表も「今の特養では、集団生活が送れるかどうかが受け入れを左右する。夜間は1人の介護士が利用者25人をみている。終末期の利用者もいる中で、歩けて暴力をふるう人を見られないというのは、いたし方ない」と理解を示す。

 しかし、介護のプロが受け入れをためらう人を、家族が介護するのは至難の業だ。

 しかも、在宅サービスまで断られれば、負担は介護者1人にのしかかる。

 本間代表は「施設側はただ退去させるのではなく、入院して症状が落ち着いたら、戻れるように配慮する必要がある。また、特養を退去させられたという相談は多いが、退去の際、施設側には次の引受先を確保する義務があることも知っておいてほしい」と話している。

(2006/10/30)

 
 
 
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