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いつまでも口から食べるために(中)

 ■口腔のケア 食事や会話、生活豊かに

 食べたり、話したり、ほほえんだり−。毎日の暮らしのなかで、口は大きな役割を果たしています。こうした働きに着目し、病気や加齢で衰えがちな口の機能を高めて、健康を維持する「口腔(こうくう)ケア」の考え方が広がりはじめています。(寺田理恵)

 寝たきりなど、重い要介護状態の人を介護するとき、語りかけに応じてくれたら、介護者は気持ちが通じ合っていることが分かる。しかし、話すなどの機能は、口を使わないと衰えてしまう。

 静岡県三島市の原田智子さん(69)=仮名=は昨年3月に体調を崩し、入院中に入れ歯をはずされた。そのため、残っている下の前歯が歯のない上の歯茎をかんだ状態になり、口の筋肉の衰えが進んだ。口が開かなくなって、顔つきも変わってしまった。暮れに自宅に戻ったものの、ベッドに横たわったまま、言葉を発することもない。

 智子さんが要介護状態になったのは、平成10年にくも膜下出血で倒れてから。夫の孝徳さん(73)=仮名=は当時、自宅でつきっきりの介護をし、チューブで栄養をとる智子さんに「何とか口から食べさせてやりたい」と、とろみのある昼食を手作りした。お盆に8皿も並べ、1皿に1本ずつスプーンを添えた。味が混ざらないようにとの心遣いだ。

 しかし、昨年の退院後は食べることも、話すこともできなくなった。そこで、孝徳さんは智子さんの訪問歯科受診を再開し、義歯を入れてもらうことにした。

 「以前は歌も歌ったし、口もきいた。義歯を入れたら、一言でもしゃべってくれるんじゃないかと期待しています」。孝徳さんにとって、智子さんは心の支えだ。

 12月27日夜、静岡県長泉町で開業する歯科医師の米山武義さんと、歯科衛生士の杉山総子さんがクリニックの診察時間を終え、車で原田さん宅を訪ねた。米山医師は、智子さんのかかりつけ歯科。4年ほど前に訪問看護師から紹介され、定期的に口腔ケアをしてもらっていた。

 当日は、義歯を入れる前に杉山さんが口の中を掃除し、口のリハビリをして、智子さんの好きな歌を歌った。すると、智子さんが歌に反応し、言葉にならない声を出した。義歯が入り、ほおがふっくらとして女性らしい表情を取り戻すと、孝徳さんの顔も明るくなった。

 ごっくんと、智子さんののどが鳴った。果汁だけでも飲み込めるようになれば、2人の暮らしに楽しみが一つ増える。

                   ◇

 「ごっくん」と飲み込むのは、かみ合わせる歯がないと難しい。智子さんが再び、食べたり話したりするには、口や舌のリハビリも必要だ。入れ歯をつければ、口の中に空間ができ、それ自体がリハビリになる。

 特別養護老人ホームで暮らす82歳の女性が、入れ歯をつけたとたん、それまで意図せず出たり入ったりしていた舌が口腔に収まり、はっきり言葉が出るようになった例もある。意思を伝えることができるようになって女性は身だしなみにも気を配るようになったという。

 口腔ケアは、口の中を清潔にすることから、唾液(だえき)の分泌、唇や舌の動きの回復も目指す機能的なものへ変わってきている。その流れを促したのが、米山医師らが行った誤えん性肺炎の予防に関する研究結果だった。

 研究によると、口腔ケアを受けた人は2年間に11%しか肺炎を発症しなかったが、受けなかった人の発症率は19%に上った。また、口腔ケアで発熱発生率や栄養状態が改善されることも分かった。

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 食べる機能の回復、肺炎や低栄養の予防に配慮した専門的な口腔ケアは「生活の質」を向上させ、全身の健康維持に役立つ。米山医師は「五感を刺激しながら食べることが生命力を喚起する。健康を維持することで薬も減るでしょう。歯科と医科の連携が必要です」と指摘する。

 介護度の重い高齢者は口から食べると、口の中の細菌や食物などが気道に入って誤えん性肺炎の危険性が高まる。だから、病院などではチューブでの栄養摂取に頼りがちだ。しかし、病院や介護施設が歯科と連携し、口の中を清潔に保つなど適切な管理をすれば、肺炎もある程度、防げ、口から食べる喜びを長く持ち続けることができる。

 しかし、実際には適切な口腔ケアを受けている高齢者は少ない。訪問の診療報酬に魅力が薄いことも背景にあるようだ。

 米山医師は「口腔ケアは生活の質を変えるものだと、国民自身も目覚めてほしい」と話している。

(2007/01/16)

 
 
 
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