■機能向上プログラム 認知度低く制度にも課題
食べたり話したりする機能を保つ口腔(こうくう)ケアが、高齢者の健康につながることが、研究から分かってきました。しかし、在宅の高齢者には歯科の受診をあきらめる人も多く、口の問題は後回しになりがち。介護度が重くならないよう、改正介護保険法では「口腔機能向上」が導入されましたが、利用者は少ないようです。(寺田理恵)
歯科に通いたくても、通院が困難な高齢者は多い。
埼玉県行田市の山田ハルさん(83)=仮名=は今夏、心臓病の手術を受けるために入院した後、歯肉がやせてしまい、入れ歯が合わなくなった。調整のために歯科を受診したいが、ひとりで通院できない。かかりつけの歯科医院は訪問診療を行っていないため、入れ歯もはずしていた。
「痛くてはずしていた間、硬いものが食べられなくて、軟らかいものばかり食べていました。好物の甘い物も、あめとか、あんドーナツくらい。栄養が取れないので、ここ10年、56キロだった体重が32キロに減ってしまい、近所の子供に『おばあちゃん、ちっちゃくなったね』といわれてしまいました」と山田さん。
62歳までは虫歯が1本もないのが自慢だったが、今では自分の歯は2、3本。食べられるのは豆腐など軟らかい食材ばかりで、体力が落ちたのか、歩行も困難になった。不便だと思いつつ、我慢しているうちに、山田さんの要介護度は要介護1から2へ重度化してしまった。
独り暮らしの山田さんを気遣って、近所の女性が手助けをかって出たものの、女性ひとりの介助で通院するのは無理。結局、少し離れた所に住む息子に頼んで歯科に連れていってもらった。
「長生きは、するもんじゃないねえ」と山田さんはため息をつく。
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歯科はかつて通院が前提だったが、訪問診療を行う所が増え、保健センターなど、市区町村の窓口や地域の歯科医師会で紹介してもらえる。
しかし、患者側に「歯医者さんは来てくれない」との認識が根強い上、歯がなくても食べられる物はあり、治療をあきらめてしまう人も。要介護状態になってから介護施設などで検診を受け、初めて口腔の問題が見つかる高齢者は少なくない。口の中の衛生状態が悪いまま放置すると、口臭が生じ、引きこもりにつながることもある。
口や運動など、生活機能の低下に早い段階で対応し、介護の重度化を防ぐため、改正介護保険法では昨年4月から、通所サービスに「口腔機能向上」が新たに導入された。
要介護認定を受ける手前の「特定高齢者」を把握するスクリーニング用の「基本チェックリスト」には、「半年前に比べて硬いものが食べにくくなりましたか」「お茶や汁物などでむせることがありますか」「口の渇きが気になりますか」の口腔に関する項目もある。
しかし、介護予防メニューでは、もっぱら「運動器機能向上」が注目され、「口腔機能向上」を利用する高齢者は少ないようだ。
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北海道旭川市が行った基本チェックリスト判定では、問題のあった人(延べ170人)のうち、62%が「口腔」に関する項目で引っかかり、「運動」項目21%、「栄養」項目11%に比べ、問題のある人が多かった。
ところが、通所の介護予防プログラムに参加した特定高齢者(47人)では、「運動」に参加した人が37人に対して「口腔」は16人と、半数以下にとどまっている。
旭川市では「口腔機能に問題のある高齢者が最も多いにもかかわらず、サービスの利用につながっていないと考えられる。原因を分析したい」(介護高齢課)とする。
日本歯科医師会の池主(ちぬし)憲夫常務理事は、利用が進まない理由について「要支援者や特定高齢者を対象とした介護予防自体が十分に知られていない上、口の中の問題は恥ずかしがる高齢者も多く、積極的に参加する人が少ない」と認知の低さを指摘し、「介護予防では、『口腔機能向上』は施設が選んで提供するサービスとして位置づけられている」と、通所サービスの基本メニューとなっていない制度面の課題を挙げる。
介護予防の「口腔機能向上」の報酬が月100単位(約1000円)と、「運動器機能向上」の月225単位に比べても低いことや、歯科側が歯科衛生士を派遣する報酬が低い事情もある。
口腔ケアに携わる歯科側の人手の問題もあるが、利用者自身が口から食べる喜びをあきらめないことが、口腔ケアをめぐる仕組みを変える力になるといえそうだ。
(2007/01/17)